菜根譚36、評判と装飾(うわべを取り繕うこと、白起と韓信と呉起の話)

 「真に清廉である人は清廉であるという評判が立たないものである。評判になるというのはその人が名を求めている証拠に他ならない。 本当に巧みな人は巧術を用いない。巧術を使うのは、拙いと言えるのである」  ・これを聞いて思い出すのは、長平の戦い前ですね。  秦の将軍白起(はくき)は趙を攻める前にウワサを流します。 「秦軍は趙の将は廉頗(れんぱ)であってほしいと思っている…

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菜根譚35、道徳・功業・権力(なぜ秦は滅び漢は栄えたか)

 「富貴や名誉。 これが道徳よりきている者は山林の中の花のようなものだ。自然と生い繁って繁栄していくだろう。 これが功業よりきている者は盆栽や鉢植えの花のようなものだ。移動し捨てられ滅んだり栄えたりすることもある。 これが権力よりきている者は花瓶の中の花のようなものだ。根が無ければいずれ萎むことは見るまでもない」  ・道徳、功業、権力と三つ並んでますが。  権力は…

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菜根譚34、苦心の中の喜びと得意の中の悲しみ(呂布や陳平など、人がその長所で滅ぶという話)

 「苦心の中にいつでも心を喜ばせるような趣が生じ。 得意気の中に失意の悲しみが生じる」  ・きわめて単純ですが、これを言っているその大本の概念というのは何かと言えば、治の中に乱の芽はあるし、乱の中に治の芽はあるということでしょうし、得意気な顔の中にいつ足元を掬われるかわからんという警戒を持ち、失意のどん底の中でさえもこうでなくてよかった、最悪ああでなかっただけでも儲…

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菜根譚33、一を識って二を知らず(劉邦の建てた漢はなぜ長持ちしたのか)

 「書物を読んでもそこに聖賢の心を見なければ、鉛槧の傭である(えんざんのよう、文字の奴隷)。 官にいて人民を愛さなければ、衣冠の盗である(いかんのとう、給料泥棒)。 学問を講義して実践を尊ぶことがなければ、口頭の禅である(こうとうのぜん、口先だけ)。 業を立てて後世に残すべき徳を思わなければ、眼前の花である(目先を喜ばすだけのこと)」  ・とある行為をしても次のレベルに…

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菜根譚32、人格の陶冶(馬謖と趙括の話)

 「心地乾浄(しんちけんじょう、心の中をさっぱりときれいにすること)にして初めて書を読み古の事象を学ぶことができる。そうでないのであれば、一善行を見ては密かに己のものとなし、一善言を聞いてはこれを仮りて自らの短所を覆うようなこととなる。 これこそが外敵に兵を貸して、盗人に食糧などを持たしてやるようなことなのである」  ・評判だけなら「天才」は多くいたのですが、それでも実…

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菜根譚31、施しと利益(郭嘉の説いた十勝十敗、対処と解決)

 「恩を施す者がその内に己を見ず、外に人を見なければ斗粟(とぞく、わずかな施し)も万鐘(ばんしょう、莫大な施し)に値する。 物によって利益を得る者が己の施しについて計算し、相手からの施しを求めるようであれば、たとえ百溢(ひゃくいつ、巨額のお金)をもらったとしても一文の功でさえも成すことが難しい」  ・施しと利益を求めることとの違いを語っています。 施しの観点から二つを語…

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三国志で学ぶ中国語講座5日目(①这是によるThis is表現と、三国志のOPについて)

 ということで今日もやっていきたいんですけど、ここらでなんかテキストの内容もかじって広げていければと思ったのでできるだけ本の内容も入れていこうかなと思います。  別に買わなくてもここでちまちまやっていきますのでとりあえず買わなくても大丈夫ですけど、買ったらより捗るかもしれません。まあ72日分終わってから買ってみると案外復習がてら眺めることができていいかもしれません。  それに…

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菜根譚30、方と円(項羽死後の劉邦陣営の考察)

 「治世にあっては方となるべく、乱世にあっては円となるべく、叔季の世(しゅくきのよ、末世、世紀末といった感じ)に至っては方・円を併用して用いるべきだ。 善人を歓待するにあたっては寛大で、悪人を歓待するにあたっては厳しく、普通の人を歓待するにあたってはこの寛・厳を併用すべきなのである」  ・平和な世の中では「方」、つまり法や行い、規範やルールに厳格であれと。 しかし乱世は…

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菜根譚29、罪の話(韓信は罪を犯したろうか)

 「肝臓が病になると目が見えなくなり、腎臓が病になると耳が聞こえなくなる。 病は人の見えないところに受け、人に見えるところに発するものである。 なので、君子たる者罪を人に見えるところで受けたくないと思えば、人に見えないところでも罪を得ないようにしなくてはならない」  ・「火のないところに煙は立たぬ」と言いますが。 人に見えないところでも犯した罪はいつか姿を現すのだと。 …

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菜根譚28、善人と凶人(曹操の徐州大虐殺の考察)

 「善人は所作の安らかさについては言うまでもなく、睡眠中でさえも和気がないことがない。 凶人は行いが狼のようであることは言うまでもなく、発する声や言葉もまた殺気を帯びている」  ・善人に対するに悪人ではなく凶人という言い方なのが気になるところですが。 でもそもそも古代中国の倫理や規範といったものは決して今の基準と同じだとは言い難いところがあります。 人殺しなど日常茶飯事…

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菜根譚27、学ぶ者の精神と読書(呉下の阿蒙に非ずの話)

 「学ぶ者は精神を集中させて、ただこの一道に励むことが必要である。 もしも徳を修めながらも功績や名誉を求めるに留まるのであれば、絶対にそれ以上の見返りはない。 書を読みながらも吟詠や風雅に偏れば、深いところにまで至ることは叶わない」  ・学問に努める者への注意といった感じですね。 やるときはやる、集中してやるということが必要なんだと。 しかしそれも詩などの方向に行っては…

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菜根譚26、一歩を高くかつ一歩を退く(グダグダの袁紹軍の話)

 「身を立てるのに人より一歩を高くして立たなくては、塵芥の中で衣を振るって払い落し、泥の中で足を洗うようなものである。これでどうしてそこから抜け出ることができようか。 この世に処するに一歩を退けていなければ、蛾が蝋燭に飛来し、羊が角をひっかけるような事態に陥ってしまう。これでどうして安楽だと言えるだろうか」  ・人より抜きに出たことをしなくては泥の中で足を洗うようなもの…

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菜根譚25、富貴と仁義(関羽張飛の破滅)

 「彼が富なら私は仁、彼が爵位ならば私は義。 かくして君子は君主や宰相の篭絡するところとならない。 人定まれば天にも勝ち、志が一つとなれば気を動かす。 君子とは同じ陶器が作られるように手軽にはできないものだ」  ・これだけ読むといかにも反骨精神旺盛というか、聞かんヤツというかひねくれてるような印象を受けますが、恐らくひねくれているというよりかは出す手札の多さの方を物語っ…

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菜根譚24、念頭の濃淡(劉備の滅亡と、反董卓連合)

 「念頭の濃い者は、自らを期待することも厚いが他人を期待することも厚く、処するところ皆濃いと言える。 一方年頭が淡い者は、自らを期待することは薄いが、他人に期待することも薄く、事において皆薄いと言える。 従って君子たる者は立ち居振る舞いや嗜好に関して非常に手厚くしてはならず、また極端に無いということもないようにしなくてはならないのである」  ・「念頭」と原文にありましたので…

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三国志で学ぶ中国語4日目、人中に呂布あり、馬中に赤兎あり、

 馬中に赤兎あり、人中に呂布あり  今回は 「人中に呂布あり、馬中に赤兎あり」 が「ヨンジョンリーブー、マージョンチュウトー」 であることさえ覚えられれば、まあ大成功と言えるのかなと(笑) 後はオマケみたいなもんです。  ・孟徳はムンドア ・字はツー ・奉先はフォンチェ ・西涼はシーリャン。これは東西南北に繋がっていきそうですね。 西はシーってのは重要ですね。  ・将軍…

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菜根譚23、弟子の教育(孫臏と龐涓の話)

 「弟子を教育するのは深窓の令嬢を養育するようなものであり、出入りを厳重にして交友関係を厳しく注意することが最も重要である。 もし一たび卑しい人間に接近するようなことにでもなれば、これは清らな田に一粒の不浄の種を植えるに等しい。 いったんこうなれば、一生良い稲を収穫することが難しくなる」  ・これは私も非常によくわかるなと思います。 弟子についてはわかりませんけどね(笑…

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菜根譚22、心と魔(筆者のボヤキ)

 「魔を降す者は先ず自分の心を降す。 心が従ってさえいれば様々な魔は退くのである。 よこしまな心を御している者というのは、まずこの気を御しているのである。 気が平静であれば、よこしまな心はこれを侵すことがない」  ・修行僧みたいな話になりつつあるなという印象ですが(笑) ただ、そうした心のありようの大切さであり、そうしたことが世の中にどのようにかかわっていくかというのは…

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中国語講座3日目、リャンシャン、チャンマー、チュンシエ、イェンジュンの攻略

 今回は二つ動画を取り上げましたが、中心は「リャンシャン、チャンマー、チュンシエ、イェンジュン」あたりを攻略していきたいところですね。 曹操軍の軍議  「兵馬、兵糧、武器」 これが ピンマー、リャンシャン、チュンシエなんだと。  袁紹率いる連合軍に黄蓋  黄蓋(こうがい、フォンガイ)が袁紹に要求しています。 「兵糧、軍馬、武器」 これが リャンシャン、チャンマー、チ…

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菜根譚21、欲望と頭の良さ(三国志の時代の話)

 「利欲は必ずしも心を害するものではないが、意見とは心を害する害虫となるものである。 感覚は必ずしも道の妨げとなるものではないが、聡明とは道を遮る障害となるものである」  ・一応解説書には「意見」とは意固地な意見であり、「聡明」とは生半可な聡明さのことである、とありますがここでは原文をそのままにしました。 欲望とは必ずしも悪いものではないんだと。確かにあれは欲しい、…

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菜根譚20、功名富貴と道徳仁義(武霊王と孟嘗君の話)

 「功名富貴の心を解き放つことができれば、凡から脱することができると言える。 道徳仁義の心を解き放つことができるならば、微かに聖になることができると言える」  ・功名と富貴から解脱できれば凡人ではなくなる、というのはわかりやすいですが道徳と仁義の心から解脱すれば微かに聖人になることができるというのはちょっと奇妙な物言いです。これは解説によれば、「世俗の価値観に縛られるこ…

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