air1~2話、健やかな成長と、段をすっ飛ばした成長





 世に「air」とつく作品は多いけど、今回取り上げたいのは京都アニメーションのairになる。
 youtubeで上がってました。
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 この作品てのは「泣きゲ―」(泣けるゲーム)として有名で、10年以上前に大学に通っていた時から知ってる。けど、この作品というのは本当によくわからない。ストーリーが本当によくわからなくて、全然よくわからないけど、とりあえずその場面が来たら「泣ける」、それって要するにストーリーは破綻してる、あるいはいらないということではないのかと。その状態で「その場面」を持ってきて泣いて「ああいいお話だったねー」ってのはかなりの作品に対する冒涜なんじゃないかと。要するに無理解の上に成り立つ感動だし、極端な話最低最悪の筋書きだったとしても最後にその「必殺技」的な場面を持ってきたら急に感動の場面になってしまう。その意味ではそりゃ「泣きゲ―」かもしれないしそういっていれば我々としてはそれっぽく成立してしまえるけど、でも作品としては別に理解されてはいない。理解されてはいないのに「泣きゲー」と名付けるというのはつまりこちら側というのが大きく問われているということではないのか。


 ・京アニ事件とかあったけど、だから京アニさんを支援しよう、なんて殊勝な思いではなくむしろだからこそそういうのと切り離してみようと思っている。初めから「肩入れしてみます」なんてのはダメでしょ。ついでに、なんでこの作品をまた見ようかと思ったかと思えば最後の方で
 「オレ、この町を出るんだ」
 「え! 私も付いてく」
 「わかってねえな。この町じゃなくてお前から離れるんだ。お前といたらオレはダメになってしまう。だから出ていく」
 というシーンがあったのを先日ふと思い出したから。


 感想でもなく考察でもなく、多々メモ代わり(笑)となりそうな気がするけど、まあそれもいいかと。


 ・国崎 往人(くにさき ゆきと)は主人公だけど「法術」で人形を動かせるという。でもそれは物珍しくはあっても別におもしろくはない。大好物はラーメンセットというのもラーメンとご飯なんてひどく当たり外れがあるものを選んでいるというのも不思議。まあ要するに味は二の次で腹が満たせればいいということか。人形劇で稼いで生きているとは言う割に「おもしろいだろ? 楽しいだろ?」と言うあたりも客の気持ちが分かっているとは言い難い感じ。押しつけがましさがあるし、客商売に向いているとは言い難い。仮に今までうまくいっていたのであれば、よりによって最もうまくいかないこの町に来なくても……と思わないでもない。

 ・神尾 観鈴(かみお みすず)とこの町で会うわけだが、観鈴の「がお……」という口癖を直してくれと母親の晴子に頼まれる。この口癖というのはあくまで「直す」対象であり、直さなくてはならないものである。つまり、同年代の子は誰も恐竜に興味はないしまして「がお」なんて口にすることはない。直して、恐竜以外に目を向けるようになって、人並みに生きていかなくてはならない、またはなって欲しいという晴子の願いがある。

 ・「もう一人の自分、本当の自分が空にいる」と観鈴は言う。気持ちよくて、すごく優しい気持ちになれそうだと。それを聞いて往人は「オレが探しているのはもう一人のお前かもしれない」という。翼をもった少女を探していると。これを聞いて観鈴が言うのは「すごい。私も欲しいな、翼」であり、あくまでノリはいいけどどこか他人事みたいな会話。


 ・「なんやねむなったんか?膝枕したるわ」という晴子、それを断る観鈴。ここにあるのは、本気で膝枕をしてやろうと思ってない晴子と、「子供じゃあるまいし」と言う観鈴。でも実際はそう見えながらも膝枕をしてやりたい晴子と膝枕をして欲しい観鈴。でもそれはできない。あくまで観鈴は「直」されて、大人っぽくそれらしく振舞えなくてはならない。そんな甘えるような真似をして「まだ子どもか。はあ」と母親を失望させるようなことがあってはならない。
 往人は膝枕なんて良くしてやってんのかと聞くと「アホ、冗談や。あの子がうちみたいな甲斐性なしに甘えるかいや」と言う。つまり観鈴は観鈴で問題があるわけだけど、晴子は晴子で自分は甲斐性なしでどこかダメなヤツだと思っていることに気づかされる。それの何が原因かはわからないが、ひよこ=恐竜の卵だと思い込んでいた、その卵を買ってやれなかったということが原因だと思っている節がある。もしもその時買ってやれていれば、もしもその時お金があったならば、「ああ、卵はニワトリの卵で、ひよこがかえったんだね」と気付けていたに違いない。

 ・こうした「順調な成長」というのはどうもキーになっているように思われる。人が生きていくこと、大きくなっていくことというのは段階を追って順々に大きくなっていくものだし、そこできちんと経験を積んで、鬼ごっこをしたとか隠れんぼをしたとか、川で魚を取ったとか、そうして卵がかえるまで待ってて産まれてみたら「なんだニワトリの子どもか」と失望しつつも理解をしていく。経験を積んでいく。どこか「健やかで順調な成長」というものを思った時にあるそうした型があり、それを妨げてしまった、という後悔と、それに伴う「自分のせいだ」という思いを晴子が抱えているらしいことはところどころから伝わってくる。






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