混水摸魚(三十六計20、混戦②)






 混水摸魚(こんすいぼぎょ)……「水を混ぜて魚を摸る(さぐる)」
 →文字通りの意味:水をかき混ぜて濁らせ、魚を捕らえる。
 →広がった意味:混乱に乗じて勝ちを得る。


 ・解説……敵の内乱に乗じ、敵が弱くなり指揮が乱れていることを利用する。隋は以て晦に向えば入りて宴息す(ずいはかいにむかえばいりてえんそくす)。
 ・解説の解説……卦には隋(ずい)という卦がある。聖人君子ですらも晦(かい、日暮れのこと)になれば自然と寝床に入って休息する。それくらい敵が混乱している時に攻めることにはムリがない、自然と壊滅させられるということ。
 ・解説の解説の解説……いかにも奇襲なり、奇策を用いて敵を混乱させるなりして敵を壊滅させる方向性を示しているようだが、これは正攻法か奇策かといえば明らかに奇策である。奇策で混乱した敵を破ることは造作もないこと。機に応じて時には奇策を用いることの正当性の主張だといえる。



 これは混乱をさせ、それに乗じてその後攻めるという話なわけですが。
 混乱を意図的に発生させるか、発生した混乱を利用して破るのかといった違いはあるにせよ、それを利用しない手はないという事も示しているのかなと。
 三国時代の少し前に袁紹とか劉表とかいましたが、このどちらも後継ぎを誰にするかでもめた末に内乱が起こり、曹操によって利用され各個撃破されて滅亡していきました。曹操からすれば何もしなくても勝手にお家騒動を起こして分裂して弱くなってくれる。そこにつけこむだけ。強敵はいろいろいましたし、苦境も多かったでしょうが最終的には袁紹の領土も劉表の領土も楽々手に入れることができました。結束したら強い、しかし分裂したら弱い。そういう理はあるのかなと。
 →教訓:分裂したら弱いが、結束すれば強い→「呉越同舟」
     結束すれば強いが、分裂したら脆い→袁紹や劉表


 毛利元就なども「三矢の訓」とかやってますが、この極めて単純な足し算(掛け算)、あるいは引き算(割り算)の道理があるのにそれでも、つまり三国時代から1300年経った後の日本でも同じことが言われていることは非常に興味深いなと。この道理がわかっていないはずはない、それにも関わらず内乱を起こし、仲違いをし、憎み合い殺し合うようになる。それが人の本質的な性(さが)であるという戒めかもしれませんね。
 刎頸の友(ふんけいのとも)という言葉もあります。三国時代より400年くらい前に張耳(ちょうじ、重耳とは別人です)と陳余(ちんよ)という人物が、互いのためなら首をはねられても惜しくないと言ったことからこのことわざが生まれましたが、この二人最終的には憎み合い殺し合うことになりました。陳余が殺されたのですが、まあ刎頸の友ですらもちょっとしたことで疑い合い、憎み合い、そして命を狙い合う仲になるということは重要なことではないかと思います。
 →教訓:刎頸の友ですら憎み合って最終的には殺し合った。


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