孫子を読んで その7 「勝って兜の緒を締めよ」の話







 十三章の火攻篇の70(一番最後のくだり)を元にして考える。
 

 (ここは戦闘をグダグダと長く続けたりするな、もしやるのであれば短期決戦しろ、そもそも軽々しく戦争などするもんじゃないということを孫子が言っているくだり)




 勝つという事は「勝利の美酒」なんて言うように非常に気持ちのいいことではあるし、それなくては苦労したり努力したりすることが報われない。よく言われる「自分へのご褒美」というもので、それによって苦労してきた過去やきつかったことを思い出してはしみじみと浸る。苦労した分だけ成功は美味であるだろう。しかし勝つということによる「利益の最大化」について忘れてはならないと言うのである。
 そもそも戦争自体の戦費がバカにならないものであると。戦争状態の維持でさえいろいろたいへんである。経費がかかる。それに見合っただけのプラスがなくては釣り合わない。採算が取れない。そういう見通しに立って戦争をする、そうした背景を伴って戦争がある以上、戦争後にはプラスを見出す必要がある。
 「勝って兜の緒を締めよ」などというが、そういう意味での戦争がはじまるのはまさに戦争後であるといえる。本当にプラスであっただろうか、プラスは最大化されただろうか、計画は正しかっただろうか。次に繋がるだろうか。そうしたことを検証しなくてはならない。
 浸るのも結構だが、長らく浸っている暇などない。



 これは戦争だけにとどまらず万事においても言い得るだろう。一つの行動は多様な意味を持ち得る。多義的であるし、また多義的であるべきだし、多義的に把握され検証される必要があると言える。プラスなことマイナスなことできる限り全てを検証し、総合的なプラスを見出す必要があるし、それを踏まえて次の手を考えていく必要がある。そうした方向性を持っているものだといえる。
 目先の結果、即ち「勝った!!!」というよく見える結果だけを見ているならば、それはそれだけの意味しか持たない。でも被害は大きかったよねとなればいろいろ反省するところも見えてくる。かかった経費が意外に大きかった、むしろマイナスだとなればそう素直に喜べなくなってくる。



 三国時代、陸遜(りくそん)は劉備と戦うことになった。義弟の関羽、さらには張飛も殺害されており、劉備の心は復讐一色だといってもよい。その蜀軍を前にして陸遜は逃げ続けた。臆病者と罵られようと蜀軍に対し打って出ることはしなかった。将軍は陸遜を侮り、呉の中でも陸遜への反感や侮り、嘲笑は広がっていった。
 ところが陸遜はいきなり火攻を開始する。呉と陸遜を舐め続けた蜀軍は伸びきって油断しており、火攻めの前になすすべがなかった。あまりに勝ち過ぎたため、呉軍が逃げてばかりだったために蜀軍は驕った。驕りと油断、呉への舐め切った態度が蜀の被害を大きくした。被害が大きすぎて蜀はこの後立ち直れなかったといっても過言ではない。



 繰り返すと、勝つことは気持ちのいい事である。まして連戦連勝、行くところ敵なしであればそれは非常に気持ちのいいものとなる。だがそうなると把握できる意味がだんだん薄れていく結果になりかねない。「油断禁物」「勝って兜の緒を締めよ」というのは勝ち続けてもいろいろなことに目配りすることを忘れるな、常に意味性をできる限り多く把握するという、その方向性を忘れるなという事に繋がるのではないだろうか。
 






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