菜根譚1、遇と不遇(道徳と権勢、諸葛亮と司馬懿の考察)

 ということで今日から菜根譚(さいこんたん)します。  本は角川ビギナーズクラシックスのヤツ使ってます。  けっこうここの本、ざっくりとけっこうな量はしょってるんですが、解説が時々非常に優れているんですよね。    「道徳を住みかとする者は、一時的に不遇を託つ(かこつ)こととなる。  権勢にへつらう者は永遠に渡る地獄をさまようこととなる。  一方で達人…

続きを読む

菜根譚2、世渡りの心得(粗雑さと丁寧さ、その兼ね合いについて)

 「世渡りも浅ければ染まることも少なく、経験が積み重なると計算にも長けてくる。  君子は計算に長けるよりは素朴なままの方がいい。  慇懃無礼に陥るよりは、多少粗雑なくらいがちょうどいいと言えるのである」  ・この例を考えるときに、劉備と曹操が思い浮かびますね。  劉備は畑仕事したりして暮らしてますが、曹操は「この時代の英雄はオレと劉備の二人くらいしかいない」と…

続きを読む

菜根譚3、君子の心と才知(曹操は密書を読んだろうか)

 「君子の心のありようというのは、天が青く日が白いように、人に知られないことがないように。  君子の才知については、包まれた珠が秘蔵されるように、人に良く知られることがないように」  ・君子の心は人に良く知られなくてはならないが、才知については知られてはならないのだと。  ここにきて急にシビアな物言いになりましたね(笑)  君子がどのような心の持ち…

続きを読む

菜根譚3、君子の心と才知その2(劉備が中策を選んだことから)

 「君子の心のありようというのは、天が青く日が白いように、人に知られないことがないように。  君子の才知については、包まれた珠が秘蔵されるように、人に良く知られることがないように」  →君子の心は人に良く知られなくてはならないが、才知については知られてはならないというもの。  ・ということでパート2ですが、前回分が長くなったので今回こちらに書こうかな…

続きを読む

菜根譚4、清廉と高貴(欲望の自己目的化をしないという話)

 「権力や名声は、近づかない者は清廉と言える。しかしこれに近づいてもそれに染まらない者こそ清廉潔白だと言える。  権謀術数については、知らない者は気高いと言える。しかしこれを知っていても使わない者こそ高貴だと言えるのである」  ・これは別の言い方をすれば、権力や名声に近づいて染まる者は低俗だし、権謀術数についても知っていて使う者は野卑だともいえるのでしょう。 …

続きを読む

菜根譚5、人格を磨く砥石(良薬は口に苦し、の話)

 「耳では聞きたくないことを聞き、心では受け入れたくないことを受け入れる。  これこそが人が道徳を修め自らの行いを改めるための小さな砥石だと言えるのである。  もしも言葉が耳を喜ばせるものばかりであり、出来事が全て心を喜ばせるものばかりであれば、自ら猛毒の中にその人生を沈めるような結果となるだろう」  ・「良薬は口に苦し、忠言は耳に逆らう」とかいうのがあるのでそ…

続きを読む

菜根譚6、喜びの心(重耳の考察)

 「疾風怒濤、暴風雨の日には、鳥や獣も大人しくしており、悲しげである。  風穏やかで月が綺麗な日には、草木ですらも喜んでいる。  見るがいい。  天地ですら一日でも多くの和気を必要としており、人の心は一日でも多くの喜びを必要としているのだ」  ・すごい詩的な文章ですが、それ以上によく自然のことを見ているなと。  和気はつまりのどかさや穏やかさ、和やかさのこと…

続きを読む

頭の良し悪しとは?と考えてみた

 頭の良し悪しとは?  ふとそんなことを思ってみた。あまり頭がいいとか悪いとか考えないんだけど、だからこそこうして敢えて取り上げて考えてみるってのも大切なのかなと思ってみた。  先日なんだけど、かつてあった田んぼの場所を久しぶりに見に行ってみた。あいにく写真はないんだけど、いろいろと観察しているうちにわかってきたことがある。  この田んぼというのはかなり人工的に…

続きを読む

菜根譚7、プラスとマイナスを考える

 「恩恵とは害を生ずる元である。  だからこそうまくいっている時ほど思考を巡らせるべきなのである。  敗戦の後にこそ功を為すことができる。  だからこそうまくいかない時にこそ手を離してはならぬのである」  ・いわゆる「人生万事塞翁が馬」ということで紹介されています。  塞翁が馬  http://gogen-allguide.com/sa/saiougaum…

続きを読む

菜根譚8、大局と局所(視点の相対化について)

 「人と生まれて特に素晴らしい事業などを興さずとも、世俗の心から解脱できれば名流に入ることはできる。  学問をして特に工夫を凝らすことなどをせずとも、外界からの影響を減らしていくことさえできれば聖境を超えることはできるのである」  ・この手の話ニガテなんですけどね(笑)  系統としては禰衡(でいこう)とか孔融(こうゆう)とか竹林の七賢とかその手の話になると思…

続きを読む

菜根譚9、侠気と素心(管鮑の交わりや刎頚の友の考察)

 「友と付き合うにあたっては三分くらいの侠気を持ち合わせなくてはならない。  また、人が人となるにあたっては一点の素心を必要とする」  ・「侠気」というのは何かといえば、あの「任侠」とかの侠気です。  男気とか、利害損得を離れてやる気持ちとか、しでかすことというか。  いい意味では友のためなら命も金も利害も顧みない姿勢ですが、悪い意味では世の中の秩序を大いに乱…

続きを読む

菜根譚10、謙譲や遠慮(再度管鮑の交わりの話)

 「この世にいて、他人に一歩を譲るというのは気高い行いだと言える。  退くということは、歩みを進めるためにこそ必要である。  他人を待つにあたっても、心を少しだけ寛大にするというのが幸福の始まりだと言える。  他人に利益があるようにするというのは、己を利するための第一歩なのである」  ・これ、私非常によくわかるなと思うんですよね。  私はブログサークルってと…

続きを読む

コロナの4月の死亡者数について

 詳しくはこちらをご覧いただければと思うんですが。  日本でのコロナによる4月の死亡者数は8000人程度多くなる見込みだという話です。  https://twitter.com/fusu3/status/1262334455798063104  過去8年間のデータを元にすれば、大体このくらい死ぬという値は出てくると。  その推測できる大体の値と実際の死亡者数を比較…

続きを読む

菜根譚10、謙譲や遠慮その2

 「この世にいて、他人に一歩を譲るというのは気高い行いだと言える。  退くということは、歩みを進めるためにこそ必要である。  他人を待つにあたっても、心を少しだけ寛大にするというのが幸福の始まりだと言える。  他人に利益があるようにするというのは、己を利するための第一歩なのである」  ・ということで前回はまた管鮑の交わりと刎頸の交わりとを引き合いに出しましたが…

続きを読む

菜根譚11、名誉と不名誉(韓信と蕭何の話)

 「完全なる名誉や素晴らしい評判などというものは、一人で全部持ってはならない。  そのうちの少しでも他人に分け与えることで、害を遠ざけ己の身を保つことが可能となる。  不名誉や汚名というものは、そのすべてを他人になすりつけてはならない。  そのうちの少しでも己に着せることで才を包み隠し徳を養うことができるのである」  ・前半後半で言いたいことは大きく分かれてい…

続きを読む

菜根譚12、家庭生活(桓公と呂后の話)

 「家庭に一個の真仏があり、普段の生活に一種の真道があるのである。  そこには人の誠心があり、互いに気が和する。  穏やかな顔つきがあり、言葉は優しい。  父母兄弟の間にこれらが流れ、己というものが融け、意思が通じ合う。  これは調息し座禅に浸る万倍もの効果があるだろう」  ・家庭生活、日常生活の大切さを説いてますね。  単純に言えば日々幸せであることが大…

続きを読む

菜根譚13、批判と指導、指摘と理想(張飛が徐州を守る話)

 「人の悪を責めることについては、あまりにも厳しくすることは避けるべきである。  追及されることを耐えるということについて考える必要がある。  また、人に善を教える場合には、あまりにも高すぎることがないようにすべきである。  それに従うことができない、というようなことがないようにする必要がある」  ・解説では悪と善ではなく、欠点と善になってましたが、原文に従っ…

続きを読む

菜根譚14、汚より清、暗より明(韓信、范雎、伍子胥などの話)

 「糞虫は最も汚いものであるが、これが変じて蝉となり清い露を秋風の下で飲むのである。  腐草には光がないが、これが変じて蛍となりその風采を夏に月光の下で輝かすのである。  こうして知るのである。  清とは常に汚より出で、明とは常に暗より生じるということを。」  ・蝉の幼虫を糞虫と言ったり、蛍は腐った草から生じるとかいろいろツッコミどころが多々ありますが(笑) …

続きを読む

菜根譚15、軒冕と林泉(劉備陣営と陳羣の話)

 「高位の者であっても、山野で隠棲している趣きを失ってはならない。  隠遁の者であっても、政治に関わり世を治めていく方向性を失ってはならない」  ・たった二行とかどんだけ難しいんだよと思いながら書いてますが(笑)  これ本の方に解説が詳しく書いてありますのでちょっと紹介したいと思います。  本文では高位高官のことを「軒冕(けんべん)」と表しています。これは…

続きを読む

菜根譚16、過ちがないことは既に功であり、恨みがないことは徳である(間接的な領域について)

 「世渡りする際、必ずしも功は求めるな。 過ちがないということは既に功であるのだから。 人に与えても感謝を求めるな。 恨みがないということは即ち徳だと言えるのだから。」  ・今日も2行と短いので、さてここからどう広げていったものかと思っておりますが(笑)  ・そもそもこれが正しいかどうかといえば、わからんことはないけど私としてはまあ反対といえば反対ですかね…

続きを読む

菜根譚17、度を過ぎた美徳(屈原と呂布と劉備の話)

 「憂えて精勤することは美徳である、しかしこれも甚だしく苦しむようにまでなるともはや性向に沿わなくなり、人の喜びではなくなる。 淡白であることは高尚であると言える、しかしこれも心枯れるまでになると人を救うことも、利することもできなくなる」  ・何事もほどほどにしましょう、ということでまとめてあります。 解説書にはこれはまさに中庸(ちゅうよう)の精神だと書いてあります…

続きを読む

菜根譚18、初心と末路(張良と章邯の話)

 「事業が窮まって勢いが伸び悩んだ人は、その初心に立ち返ってみるべきである。  功を為し遂げすべきことが終わった人は、その末路に思いを巡らせることが重要である」  ・事業をやり尽くしてしまった人の末路について、ですが。  まあ言ってみれば潮時の見極めみたいな話でしょうかね。  「狡兎死して走狗煮られ、高鳥尽きて良弓藏る(こうとししてそうくにられ、こうちょうつき…

続きを読む

菜根譚19、富貴と才知(魯粛の話)

 「富貴の家というのは、人に対して寛大であるべきである。 ところが実際にはかえって器量が狭いものだ。これはすなわち富貴であるということが行いを貧しくするのである。これでどうしてその恩恵を受け取ることができるものだろうか。 賢い者はその才知を隠すのが良い。 しかし実際にはかえってひけらかしたりするものである。これは賢さというものが、賢さへの病的なこだわりによって人を愚か者に変え…

続きを読む

菜根譚20、功名富貴と道徳仁義(武霊王と孟嘗君の話)

 「功名富貴の心を解き放つことができれば、凡から脱することができると言える。 道徳仁義の心を解き放つことができるならば、微かに聖になることができると言える」  ・功名と富貴から解脱できれば凡人ではなくなる、というのはわかりやすいですが道徳と仁義の心から解脱すれば微かに聖人になることができるというのはちょっと奇妙な物言いです。これは解説によれば、「世俗の価値観に縛られるこ…

続きを読む

菜根譚21、欲望と頭の良さ(三国志の時代の話)

 「利欲は必ずしも心を害するものではないが、意見とは心を害する害虫となるものである。 感覚は必ずしも道の妨げとなるものではないが、聡明とは道を遮る障害となるものである」  ・一応解説書には「意見」とは意固地な意見であり、「聡明」とは生半可な聡明さのことである、とありますがここでは原文をそのままにしました。 欲望とは必ずしも悪いものではないんだと。確かにあれは欲しい、…

続きを読む

菜根譚22、心と魔(筆者のボヤキ)

 「魔を降す者は先ず自分の心を降す。 心が従ってさえいれば様々な魔は退くのである。 よこしまな心を御している者というのは、まずこの気を御しているのである。 気が平静であれば、よこしまな心はこれを侵すことがない」  ・修行僧みたいな話になりつつあるなという印象ですが(笑) ただ、そうした心のありようの大切さであり、そうしたことが世の中にどのようにかかわっていくかというのは…

続きを読む

菜根譚23、弟子の教育(孫臏と龐涓の話)

 「弟子を教育するのは深窓の令嬢を養育するようなものであり、出入りを厳重にして交友関係を厳しく注意することが最も重要である。 もし一たび卑しい人間に接近するようなことにでもなれば、これは清らな田に一粒の不浄の種を植えるに等しい。 いったんこうなれば、一生良い稲を収穫することが難しくなる」  ・これは私も非常によくわかるなと思います。 弟子についてはわかりませんけどね(笑…

続きを読む

三国志で学ぶ中国語4日目、人中に呂布あり、馬中に赤兎あり、

 馬中に赤兎あり、人中に呂布あり  今回は 「人中に呂布あり、馬中に赤兎あり」 が「ヨンジョンリーブー、マージョンチュウトー」 であることさえ覚えられれば、まあ大成功と言えるのかなと(笑) 後はオマケみたいなもんです。  ・孟徳はムンドア ・字はツー ・奉先はフォンチェ ・西涼はシーリャン。これは東西南北に繋がっていきそうですね。 西はシーってのは重要ですね。  ・将軍…

続きを読む

菜根譚24、念頭の濃淡(劉備の滅亡と、反董卓連合)

 「念頭の濃い者は、自らを期待することも厚いが他人を期待することも厚く、処するところ皆濃いと言える。 一方年頭が淡い者は、自らを期待することは薄いが、他人に期待することも薄く、事において皆薄いと言える。 従って君子たる者は立ち居振る舞いや嗜好に関して非常に手厚くしてはならず、また極端に無いということもないようにしなくてはならないのである」  ・「念頭」と原文にありましたので…

続きを読む

菜根譚25、富貴と仁義(関羽張飛の破滅)

 「彼が富なら私は仁、彼が爵位ならば私は義。 かくして君子は君主や宰相の篭絡するところとならない。 人定まれば天にも勝ち、志が一つとなれば気を動かす。 君子とは同じ陶器が作られるように手軽にはできないものだ」  ・これだけ読むといかにも反骨精神旺盛というか、聞かんヤツというかひねくれてるような印象を受けますが、恐らくひねくれているというよりかは出す手札の多さの方を物語っ…

続きを読む

にほんブログ村 ゲームブログ ゲーム評論・レビューへ
にほんブログ村