戦国策25、建信君が呂不韋への不満を口にする話

 希写(きしゃ)が建信君(けんしんくん)に会いにやってきた。  建信君「文信候(ぶんしんこう、呂不韋のこと)の態度は大変無礼だ。秦は人をよこして強引に仕えさせようとした(礼儀がなく、ぞんざいだった)、だから私は彼を丞相にするよう、五大夫の爵位を与えるように働きかけてきたものだ。ところが今の文信君の私への態度は、酷いこと甚だしい、全く無礼だ」  希写はこれに答えて「私が思い…

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戦国策26、蘇子が西周へ行って東周の水不足を解決する話

 東周の方で稲を作ろうと思っていたが、西周が水を水路に流さない(渡さない)ということがあった。東周では困っていた。そこに蘇子が現れて、東周の君に言った。 「私が西周に水を流させるようにしたいのですが、よろしいでしょうか」  そして出かけて行って西周の君に会って言った。 「君のはかりごとは間違っています。 水を流さないことは東周を豊かにすることなのです。今東周の方ではみな麦を…

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戦国策27、貂勃が田単の犬となる話

 貂勃(ちょうぼつ)はいつも安平君(あんぺいくん)である田単(でんたん)を「あいつは小人だ」と言っていた。田単はこれを聞きつけて、酒席を用意して貂勃を招待して言った。 「私はどういうことで先生に罪を犯しましたでしょうか。常々朝廷でお誉めいただいているようですが」  貂勃は言った。  「盗跖の犬(とうせきのいぬ)は堯(ぎょう)に吠えましたが、それは別に盗跖を尊び尭を卑しん…

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戦国策28、蘇秦の語る災い転じて福と為すの話

 燕の文公の時に、秦の恵王は自分の娘を燕の太子の夫人とした。  文公が亡くなり易王(いおう)が即位したが、この時斉の宣王は燕の喪中に攻撃を仕掛け、十の城を落とした。  ここで蘇秦は燕のために斉王に話を説くことにした。蘇秦は礼をして祝辞を述べた後に、斉王の顔を見ながら弔辞を述べた。斉王は激怒し武器に手をかけ、蘇秦に出て行けと命じた。  「どういうことだ。祝辞と弔辞を同…

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戦国策29、馮諼が孟嘗君を助ける話

 非常に長いです。 なので①~④に分けました。  ① 斉の人に馮諼(ふうけん、馮驩ふうかんとも書かれる)という者がいた。 この人は貧しくて自立ができなかった。彼は人に紹介してもらって孟嘗君のところへ寄宿させてもらいたいと願い出た。 孟嘗君は「何か好きなことがありますかな」と聞いたが馮諼は「特に何も好きなものはありません」と言う。 「何ができますかな」と聞くと「特に何もできません…

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戦国策30、公孫弘が昭王に使者としての気概を示す話

 孟嘗君が諸国と合従する構えを見せた時、公孫弘は孟嘗君に言った。 「秦王の様子を一度見るべきです。もし秦王が王に相応しい人物であったならば、我が君はその臣下となることもできませんでしょう。合従して敵を阻むどころではありません。 もし秦王が愚か者だったならば、その後合従をしたとしても遅くはありません」 孟嘗君は「その通りだ。では貴方にその役割をしていただきましょう」と言った…

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戦国策31、墨子が戦争を止める話

 公輸般(こうしゅはん)が楚のために新しい機械を開発して、宋に攻めようとしていた。墨子(ぼくし)はそれを聞きつけると一日百里(約40キロ)歩く旅を百度行って足にはまめができて繭のようになりながらも公輸般に会いに行った。 「私は宋で貴方の話を伺いました。貴方にぜひお頼みして、ある人を殺したいと思っております」 公輸般はこれを聞いて、 「私には義があります、元々人殺しなど致し…

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戦国策32、范雎が秦王に遠交近攻を説く話

 范雎(はんしょ)は秦王に言った。 「大王の国は広大にして堅牢であります。 戦車千乗、強者100万。秦兵の勇猛さと車騎の多さを持って諸侯に立ち向かわれるのでしたら、これはまさに名犬の韓盧(かんろ)によって蹇跛(けんぱ)の兎を追うが如しであります。覇王の功業を成就されますでしょう。 ところがいま、大王は函谷関(かんこくかん)を閉じたままで山東の地を狙っておられません。これは穰公…

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戦国策33、張儀が楚王に説く話 改

 張儀は秦のために各国の合従を破って連衡を実現しようとして、楚王に説いた。  「秦は領土は天下の半分を占めており、兵力は燕、趙、呉、楚を合わせた規模に匹敵します。 山に囲まれ河に囲まれて、天然の要害となってもおります。 虎のように勇猛な兵は百万余り、戦車は百乗、騎馬は一万、糧食は山のようにあります。軍律はよく行き届いており、命令のためなら兵卒は喜んで命を捧げます。 …

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戦国策34、蘇秦の説く、鶏口となるも牛後となるなかれの話

 蘇秦は趙のために合従策を立て、韓王に説いた。  「韓は東西南北に渡って固く、土地は四方千里、兵は数十万、天下の弓や弩はみな韓より産出されております。それらの中の名品は六百歩以上もの先を射ることができます。韓兵がひとたび射たならば、百発の矢はあっという間に放たれ、遠くの者は胸を貫かれ、近くの者は心臓を串刺しにされます。 韓兵の用いる剣や戟(げき)などは皆冥山(めいざん)より…

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戦国策35、孟嘗君は栄転させたか追放したか? の話 改

 孟嘗君の食客のうちに、孟嘗君の夫人と密通している者がいた。ある人がそれを孟嘗君に告げた。  「孟嘗君に食客として養われていながらその夫人と密通しようとは、不届千万です。殺されてはいかがでしょうか」  孟嘗君は言った。  「容貌に惹かれて心を動かすのは人の情。もう言いなさるな」  そのまま一年が経過したときに孟嘗君はその密通していた男を呼び出して言った。  …

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戦国策36、汗明が春申君に会って話をする話

 汗明(かんめい)が春申君(しゅんしんくん)に会った。  三ヵ月待ってようやく会うことができたのであった。  話が終わって春申君は大変に喜んだ。汗明がさらに続けようとするが、春申君は言った。  「私は先生というお方をもう十分よく理解致しました。先生は休息してください」    それを聞いて汗明は悲しそうな顔をして言った。  「我が君は、我が君の聖徳がかの堯(…

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戦国策37、唐且が信陵君に助言する話

 信陵君(しんりょうくん、本名を無忌、むき)は魏の将軍である晋鄙(しんひ)を殺害し、趙の都である邯鄲(かんたん)を救って秦の軍を破り趙を守った。  趙王は自ら信陵君を出迎えようと郊外まで出かけた。その時、唐且(とうしょ)が信陵君に言った。  「私は、物事には知る必要がないことと知らなくてはならないことがあり、同時に忘れてはならないことと忘れなくてはならないことがある、…

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戦国策38、公孫竜が平原君に褒美を受け取るなという話

 秦が趙を攻めた。  平原君は魏に向かって使者を出して、援軍を出させた。  魏の信陵君は軍を派遣し、兵が邯鄲に到着したため秦軍は撤退した。  虞卿(ぐけい)は平原君のために土地の加増を趙王に申し出た。  「一兵も戦わさず、一戟をも壊すことなく二国間の憂慮を解決したのは平原君の力によるものでございます。  人の力を使っていながら、人の功を忘れてはよろしくありません…

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戦国策39、楽毅の燕王への手紙 改

 ※今回超長いです。  序  昌国君(しょうこくくん)である楽毅(がっき)は燕の昭王のために五国の軍を合同して斉を攻め、七十余城を降し、そのことごとくを燕に従属させた。ただ聊・即墨・莒(りょう、そくぼく、きょ)の三城だけは落ちなかった。そのうちに昭王が死んで恵王が即位すると斉の間者の言葉を真に受けて楽毅を疑い、騎劫(ききょう)将軍を代わりに立てた。  楽毅は趙に…

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戦国策40、白起が趙をどうしても攻めない話 改

 ※今回もすさまじく長いです。  ①  秦の昭王は、民をしっかりと休ませ武器の整備も終わったところであり、再び趙を討とうと思った。  ところが武安君である白起はいけませんと言う。  昭王  「先年、我が国の国力が底を尽き民が飢えている最中に将軍は人民のことを考えることもなく軍の兵糧を増やして趙を滅ぼすことを提案した。  今民はしっかり休まって兵士も養成され、…

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戦国策41、甘茂(かんぼう)が秦王と息壌(そくじょう)の誓いをする話

 秦の武王は甘茂(かんぼう)に言った。  「私は馬車を韓の三川の地に行けるようにして、周の王室を見てみたいと思っている。  もしそれができるのであれば、私は死後も名を残すことができるであろう」  甘茂は言った。  「私を魏に送ってください。同盟を結び、共に韓を討ちましょう」  王は向寿(しょうじゅ)を甘茂の副使に付けてやった。  甘茂は魏につくと、向寿に言…

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戦国策42、鄒忌が徐公に美しさで負ける話

 鄒忌(すうき)は身の丈八尺もあり、体つきも整っており美しかった。  朝服を着け冠をかぶって鏡を覗き、妻に  「私と城北の徐公とではどちらの方が美しいだろうか」  と問えば、  「あなたの方が美しいです、どうして徐公が及びましょう」  と言う。この城北の徐公とは斉では有名な男である。  しかし鄒忌はどうもそれを信じられなくて、今度は妾に尋ねた。  「…

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戦国策43、斉王が閔王→襄王→建となる話

 斉の郊外に、孤喧(こけん)という者が住んでいた。  この者は筋の通った話をしたが、閔王(びんおう、湣王とも書く)はこの者を斬罪に処して、人民の信頼を失った。  また、陳挙(ちんきょ)という者がいた。  この者は斉の宗室(本家)に連なる血筋の者だったのだが、閔王はこの者も殺したために宗族の心が離れていった。  司馬穰苴(しばじょうしょ)という者がおり、この者は政治…

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戦国策44、荘辛が襄王にひたすらたとえ話をする話

 荘辛(そうしん)は楚の襄王(じょうおう)に言った。  「王は臣下を左右に侍らせてお出かけになり、遊ぶこと並外れており国政を放っておいでです。これでは都である郢(えい)も必ずや危うくなりましょう」  襄王  「先生は老いてたわごとを申されてか、それても楚の不吉な予言をなさりたいのか」  荘辛  「この臣には楚が必ずやそうなるというのが目に見えてございます。決して単に…

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戦国策45、文侯が酒飲んで雨の中断りに行く話

 魏の文侯は猟場の役人と狩に出る約束をしていた。  その日、酒を飲んで楽しんでいるうちに雨が降ってきた。しかし文侯は出かけようとする。  側近の者どもが  「お酒を飲んで楽しんでおられるところに雨も降って参りました。一体どちらへお出かけになるのですか」  と言うと、文侯は言った。  「私は猟場の役人と狩りの約束をしている。いくら酒が楽しくても、一度は約束通りに会…

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戦国策46、蘇代が仲人(うそつき)の凄さを燕王に語る話

 燕王は蘇代に言った。  「わしはうそつきのまくし立てるたわ言がひどく癪に(しゃくに)触るのだ」  蘇代はこれに答えて言った。  「私の故郷の周では、土地柄で仲人を卑しむ向きがあります。  両方を誉めるからでございます。  男の家へ行っては彼女は美人ですよと言い、女の家に行っては男は金持ちですよと言うのです。  しかしながら周の風習と致しまして、自分で…

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戦国策47、中山君と司馬子期と食べ物の話

 中山君(ちゅうざんくん)は都からの士大夫(したいふ)をもてなした。  司馬子期(しばしき)もそのもてなしを受けたのだが、羊の吸い物が子期のところまでは回ってこなかった。子期はこれに怒って出奔し、楚に行き楚王に説いて中山を討たせた。中山君は逃亡した。後には自分についてくる二人の男がいる。  中山君は振り返って、  「お前たちは何者か」  と聞いた。  二人は答え…

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