経済2






 ついでだからもう少し脱線。


 最近考えている計画に鯉こく計画というものがあって、この「鯉こく」というやつ……要するに鯉をぶつ切りにして煮て食べるというものだが、これ実験ではなんか肝臓が回復した例もあるとかでものすごく面白いんじゃないかと思っている。別に酒の飲み過ぎによる肝硬変でもなんでもないが、なんかそういうことを考えるのがものすごく面白い。


 ・しかし考えて見ると、じゃあ鯉こく計画やりますったって鯉を育てます、で毎日毎日エサやります、大きくなりました。
 でそんなある日じゃあ食べますってエサ巻いたあたりでタモ入れて鯉を取ると。
 それってこの話の最も序盤で最も毛嫌いしていた話を私自らやりましょうというような話で(笑)、それって一体どーよと。
 ①エサを巻く、鯉を寄らせる、習慣化させ信用させる
 ②裏で食べる準備をしておく
 ③寄ってきた鯉を下心満載で一網打尽
 ④鯉を料理する


 これは一体どうなのかという。これ先日の事件も全く同じ図式で説明ができるもので。
 ①女性を寄らせる、信用させる
 ②裏で全国展開し、合コン参加券を男性に高値で売る
 ③合コン開催
 ④実はそれは表面上であって……
 という。多分サブプライムローン問題とかも同じ感じで説明ができるんじゃないだろうか。もう細部まで覚えてないけど。これはつまり経済というもののある意味本質の一部なんだろう。


 ・でもこれはこれでいいのかもしれんなと。
 今までは単なる正義感のみ、振りかざす正義のみしかなかった。それでいいのか!と主張はするものの、そこに正義しかないってどうなのか。そうではなく、自ら手を汚し、捌き、そして余すところなく食すということを通して初めてわかるものもあるんじゃないかと思うし、なんというかそれによって初めて土俵に上がれるというか。根本的にオレ自身が経済にまみれることで初めて掴むものがあるんじゃないかというのを思った。
 多分それが善か悪かじゃないし、正しいか間違っているかでもない、人という生き物と経済という異様な何かとの関わり合いであり、それにまつわる何かなんじゃないかなあなどということをぼんやり思ったという。オレ自身そういう図式を駆使する人間を許せないと思っている、しかしそういうことを通して人という生き物は根本的にこうなんだと。所詮人などそういう生き物なんだということを通して許すということを覚えていくのかもしれないし。
 だとすればこれを通してオレの得るところは(いろいろと)非常に大きいのではと思っているところ。






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