Symbals①背景






 カテゴリでCymbals関連を作った。
 ということで改めて①から疑い直すことにしたい。

 ・しかしそもそもの動機であり、発端、そして一体何をどう疑っているのかということをまず明らかにしないと読む側にとってはあまり親切なものだとは呼べないんじゃないかということでここで明らかにしてから話を進めることとしたい。歯に物の挟まったような物言いで、結局何を言いたいのかよくわからないということにもなりかねない。大体が書いている者の単なる妄想で終わることも決して少なくはないものでもあるし、そもそも「妄想ですが」というのは毎度の書き出しでもあるが、じゃあ妄想だからって延々でたらめを並べ立ててもいいかと言われればそれはさすがにまずいものがあるし、誹謗中傷にでもなったら目も当てられない。そういう一線はきちんと区別が必要なんじゃないかというのは思うところ。

 これはCymbalsのWikipediaのページ。1997年から2003年まで活動をしていたことが書かれている。
 ラストライブは2004年1/20らしい。

 そしてボーカルの土岐さん。
 97年ということは大学生の時、21歳前後、だから大学3年くらいの時に早稲田大学で結成したんだろうなというのが大体想定される。

 そしてこの時期の早稲田大学で何があったかということなんだが。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E4%BA%8B%E4%BB%B6
 スーパーフリー事件というのが発覚したのが2003年のこと。Wikipediaには98年からとは書いてあるが、調べてみると決してそんなことはなく、被害人数も加害に加わった人数も全く明らかになっていない事件であるとのこと。そしてこれは他の大学から始まった流れではあったが、この期間早稲田大学を中心に活動が行われていたことも明らかである。
 つまり、問題の真っ盛りの時期によりによってその激震地にいたということになる。


 ・そうしてみると、直接被害に遭った可能性もまあなくはないんだろうが、多分それはまずない。もし遭ったとしたらまともに音楽活動なんて続けられないだろうなと考えられる。第一大学3年になってしかも別の音楽サークルに関わるなんてことがあるか?というのもある(まあそれをいえば大学3年でバンドを結成するのがおかしいといえばおかしいのだが)。
 しかし、直接の被害はなかったとしても間接的な影響というのは少なからずあったんじゃないかとは考えられるだろう。例えば毎回講義に出ていた友人が出てこなくなったとか。サークルに来ていた人がこなくなった、いつも明るい友人がおかしいとか。そういうのは教職員は気づかなくても、いつも接する友人たちにとってみれば薄々感づくとか、何かおかしなことが起きているようだぞという空気感にはなっているものである。被害者が数百人数千人単位になるかもしれないというのにそういうことが全くなかったというのはまず考えにくい。ましてこの事件、自殺者も出ているというのだからその点はより考えにくいところではある。


 ・そしてそうしているうちに本当に被害に遭った人の声を聞いたりすることもあったんじゃないだろうか。そうすると性被害の厄介なところは、確かに犯人は憎いが表面化すると誰が被害に遭ったのかが社会的に広まってしまいかねない。それに警察に行ったって警察への対処は手慣れているし証拠もあるから何もならない。バックには怖い人もいるらしい、と脅されたりすればもう泣き寝入りするしかない。そういう背景と被害規模の大きさと、そして数百数千人単位での被害がありながらも発覚が2003年だったというその遅さがこの事件の特徴だと言えるだろう。そういうわけで、仮に警察に行こうとなったところで恥ずかしいとか大事にしたくないとかでどうしても泣き寝入りせざるを得ないという流れがあった、しかし何もできないけど何かはしたいよね、法律の専門家じゃなくて音楽しかできないから音楽で何かできないかなあというのが背景にあったんじゃないだろうか。そして恐らく、そういうことが明るみになるまで対抗していきたい思いもあったのでは……と勝手に類推している。

 ・そして2003年に発覚するわけだが、その翌年早々にラストライブを行うと。これは恐らく誰か勇気のある人が警察に徹底的に言うということを決断したんじゃないかと思うとしっくりくる。言っても取り合ってもらえない、泣き寝入りする、だから新たな被害が増える……そういう流れに徹底的に逆らうと。そしてそれまでは戦うと決めていたからそういう人が出たから解散することにした……


 しかしここまで頑張ってきて有名になって、ここで終わっていいのか?戦いはこれで終わっていいのか?というのは当然もめたに違いない。戦いは終わりじゃないからこれからも続けていけばともなったんだろうが、恐らくその一線は守りたいという決断があったんじゃないだろうか。その意味ではもめたから解散したというよりは、解散が初めから決まっていたからこそもめたのではないかと。つまり、シンバルズの立ち位置は「ここで何か起こってますよ!」というのを世に知らしめ続けること。その役割で始め、その役割で終わる。それによってそこであった何かを永遠に知らしめ続けることが目的だった。
 だから事件が明るみに出て、首謀者が逮捕される流れとなった……そしてだから解散したと考えるのは考えすぎ、あるいは都合よく行き過ぎ、あるいはCymbalsを美談に仕立て上げ過ぎなのかもしれない。ただそのように読み解けるのではないかということだし、特に何かあったわけでもない不可解な解散の意味というものをもし積極的に見出そうとするならば、そうなるのではということである。「パルチザン」とか歌の中で言っているし。


 ・そしてそういう見地から楽曲を見ていくとすると、今までよくわからなかったCymbalsの楽曲の意味が初めて浮かび上がってくるんじゃないか。謎というよりは不可解だった楽曲が、そういう「補助線」を引くことによって初めて重みというか、手応えのあるものとして捉えられるようになっていくんじゃないか。

 ということでまず分類をしていく。
 ①その場から逃げる系
 ②現場系
 ③なんとかしたい系
 大体はこの三つで分けられるんじゃないか。まあ分類が難しいからこの三つに入らないものもあるし、中には全く不明なものもある。あるいは①と②の中間みたいなものもある。ただ基本的にはこの三つの系統がメインに来るんじゃないかということで次回以降見ていきたい。














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