ヘビ





「ククク……
 このヘビがっ……!!!」
「今、オレのことをヘビだと言ったな……?
 ならお前がヘビなんだ!!!
 「???



 ・人は自分の持ち合わせたものでしか他人を測れない。
 生きて行く上で、経験を積み人生観も変化していくかもしれないが、自らの人生観を元にした物差しを持ち、それで対象を測るということ、こればっかりは変えることができない。


 ・じゃあこれをしたくないという時に差別というのは案外非常にいい手段だったりする。
 「あいつはクズだから」
 これはここで完全に完結している。完結してないというのは、相手を同じ対象、同じレベルとして枠内に入れているがために起こるのだが、完全に完結している場合それ以上を考える必要性がないのだ。あいつはクズだから、でいい。このすっぱりと断ち切るということは恐らく人類が長い歴史の中で身につけた、差別というものにまつわる、それによって得られた利点のうちで恐らくは最大のものの一つだと言っていい。もうそれ以上の時間も労力も費やさない、その価値もないというに等しいのだから。区別とはそれをしない、諦めない、つまり物差しを今後もムダに振り回し続けるという意思表示だと言える。

 確かに差別は悪しき歴史、歴史上における汚点を作ったかもしれないが、使い所さえ間違わなければ便利な武器ともなるということだ。モルヒネは麻薬かもしれないが、医療の現場で鎮痛剤として用いられるように差別も使い所さえ間違わなければ人生において非常に有効な武器となり得るが、現代人は差別はダメだと言い差別と区別を使い分けることもできないまま許されないまま、ひたすら悪戦苦闘を強いられているといえる。


 ・昔属していた組織で、2人離れることになった。その時に誰もがいかにも「御卒業」なニュアンスで話していたものの、強烈な違和感を覚えたことを覚えている。
 長いことやってきた仲間なら、もうちょっと一緒にやろうとか、最後までやろうと言うものが多少はあっても良さそうなものだ、となればこの「御卒業」は(当時まだ今ほど「御卒業」の濫用はなかったが)体のいい追い出し、出てけ、どっか行こうが行くまいがもう後のことは知ったこっちゃない、てめえとの間には何一つ後ろ髪を引かれるような性質のものはねえ、ということを突きつける、その鼻つまみなニュアンスを「御卒業」……表面上は桜舞い散るだ惜別だ流される涙だに見えつつ、その内実は腹の底まで腐りきっている、それが一瞬垣間見えてしまった。


 そこで「もうちょっとで1年もキリ良く終わるんだから、みんなもこう言ってることだし、もう少し最後までやってみるってのはどうだろう」と発言したのだが、これがもうものすごく空気の読めない発言で、場の空気を白けさせ、多大な顰蹙を買ったもんだった(笑)実はただこれを言いたかっただけで(笑)多分ものすごい問題になるんだろうなと思いつつ言ったそれは、実態としてさっさと辞めて出ていきたいし、みんなもさっさと辞めてくれたら久々に平穏な日々が戻ってくる……というウィンウィンな関係にわざわざ楔を打ち込むようなものだった。存在意義は単なる数合わせだけ、人が十分いて間に合っている以上、組織に迷惑をかけひと悶着起こしかねない以上、ここにいてもらうより辞めてもらった方が都合が良い……そうした運営側の御都合が垣間見えた以上、そしてその本音をもう隠しもしない以上、話をしながらそこにいる理由を喪失しまっていることに気づいた瞬間だった。
 当時はそんなことを言葉にできもしなかったが。


 そしてその時見えたそれは桜には桜、御卒業には御卒業、門出には門出……そういう形でありながら、美しい桜吹雪を何が作るかって桜の木の下に配置した堆肥にハエがたかっているような実態、何かそれがうっすら見えてしまったんだなあと。それが気に入らなくて暴いたが、しかしこの社会はそれで成り立っている、今思えば若かったなあ(笑)という話だが。

 ・大学なんてのは特に「人脈」ってものに期待するところが大きい場所だった気がする。関係性がたくさんあれば一個や二個は当たるだろうという。いわば「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」を地で行く行動の一つだと言える。
 しかしじゃあ人脈って一体何を意味するかっていったら、意外とスカスカで何も内容がないことが多い。人との関係が多ければそりゃあ外れも多ければ当たりも時々はあるかもしれない、しかしじゃあ確固とした何かをそこに期待するものがあるかといえばほとんどない。漫然としたラッキー、漠然とした他人への期待感を他者に、あるいは漠然とした空気感か何かに一応かなり期待はするが、自分には期待しない。努力しない、めんどくさいのだがうまい結果にはありつきたい……そういう投げやりと他力本願の言い換えとしての「人脈」に果たして何を期待していたのか。
 「大学生活」というもののけっこう多くを占めるのが「人脈」ではあったろうが、その内実がいかに希薄なものだったかということでもある。いきなり人を捕まえて手前勝手な期待感を押し付けながら、自分は何もしないししようともしない……それが当たり前という不毛な合戦が日々繰り広げられていたなんてのは考えて見れば不気味なもんだ。


 ・そういうわけで、人の見えるものはヘビならばヘビなんだが、仮にその対象がヘビでなかったとしても、ヘビから大きく外れることがないというのは、見ている時点でその人が見たいものを見ているということからどう足掻いても大きく外れることができないということに由来するのでは、などと思った今日この頃。





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