勉強と亡霊と合宿






 勉強した方がいい理由なんてそんなに語れる人間はいないとは思うのだが、ただ勉強はした方がいいとは一般的によく言われる。勉強はした方がいいのかと聞かれて、そうでないと言える人などまあ100人に一人か二人の変わり者くらいだろう。

 しかしこれは一体なぜなのか?
 なぜ勉強した方がいいのか?
 たくさん理由はあるだろうが、とりあえず勉強というものについてが本格的に問われるのは18〜20がせいぜいだろう。そして大学を出るなりして社会へ出るのだが、定年を60としてざっと40年ある。

 この40年間、全く一切学歴問題に取り憑かれずに済む人間はそういないだろう。あーもっと勉強しとけばなあ、もっと学歴さえあれば……本当のオレの実力はこんなものじゃなかったはずだと誰もが思う。しかし今更最終学歴を変えるのは困難。そういうわけで、ここで起きているのはオレはこんなものじゃないという思い、本当のオレはもっとすごいはずだという嘆き、そしてあーもっと勉強しておけばこんなはずじゃなかったという悔恨。


 これというのは非常に厄介な問題で、個人的に思うことはこの時点で一種の亡霊に憑りつかれているということ。これが厄介。そしてたかだか20年のその時期を延々嘆いて残り40年(それどころか一生)を生きるということ。これも厄介。そしてだからこそ本当のオレはもっとすごかったはずなんだ、本当のオレの実力はこんなもんじゃないと思うこと。つまり現実のオレは評価されていないが、真のオレはもっと遥かにすごいんだぜと思うこと。この乖離でありズレを常々意識しつつ生きること。そして自尊心を慰めつつ回復しつつ、他者を踏みにじったりしつつ生きること。つまりその高いレベルに常に「回復」しないといけないと。
 これも非常に厄介。こういうものをこういうこじらせ方をしている人は少なくないというよりかなり多いように思う。だから我が子にはこうはさせまいとするその心が「勉強しろ」になって表れるのではないか。自分でさえできなかった見果てぬ夢を、自分以上に思い通りに動かぬ他人を捕まえて夢を負わせるのだからたまったものではない。
 とまあそういうわけで、ここに上がっている要素は本当に有害なものが多い気がする。



 じゃあ努力をしてみようと。いっちょもう徹底的に飽きるほど努力をやる機会というのを人生で果たして自分自身に何回与えられるか?何回設けられるのか?それというのはかなり重要なことだと思うのだ。もはやこれは一種の儀式だと言っていいだろう。
 それをやらないから今に至るわけで、今後悔してるからじゃあ実際にやってみよう、とはなかなかならない。例えば資格勉強とかTOEICでよし、三か月間飽きるほどやってやる!と決意するという形になることはまあまずない。まず自分でさえやりたくないし避けていきたいと思っているのに、それを隠して人にはやらせようなんてのはまあうまくいくはずもない。


 ・ふと思えば、大学の頃そういえば金土日でひたすら研究室にこもるというのをよくやっていた。72時間……も実際にはないんだけど、ただひたすら勉強をすると。疲れたら突っ伏して机で寝て良しだが基本まず寝ない。腹が減ったらコンビニは気分転換も含めて良しと。5連休とかだったら最後1日以外は勉強とか。その間風呂はなし。歯磨きはとりあえずやってから勉強と。
 やると決めた以上は徹底的にやったもんだった。
 今思えば、あの期間ものすごく無駄も大きいし、そもそもこれ本気で成績を伸ばす気があるのか??って話だが。でも意外とムダではなかったなあと今思うのは、あの時間何が大切だったかって勉強にもう本当に飽き飽きすること、そしてその結果あーやりきったなと。もうやれることはやった、これが自分の実力なんだろうと、背伸びとかラッキーとかなんでも出してそれで叩き出せる成果がオレなんだとやっていた。120%やって会心の一撃も出してのこれならもう諦めもつくだろうというもので。


 まーこんなもんだろうなって思えることが大切だし、もう勉強とかああいう強制合宿は懲り懲りだと思えるのも大切だが、多分一番大きかったのは、もしオレが全力を出していたら?という勉強の亡霊にその後取り憑かれなくて良くなったことが一番大きい収穫だったという気がする。そして今も勉強することにあまり抵抗感がない。やるとなったらさっとできるのも大きい。そういうことをその期間に経験できるというのは非常に大切なことなような気がする。


 ・とまあそういうわけで、勉強の亡霊に憑りつかれている人を見かけたらまずその困難さを実際に自分でやってみたら?と言ってみるのが大切だと思う。
 「勉強しろ」と言われたら「あんたはしないのか」と。
 で、ああそうだ、そんな困難でいやなことを他人には言ってながら自分ではやりたくないわと気付くようであれば、素質あり。金土日でひたすらこもって本を10冊読むとか。資格勉強するとか。徹底的に追い込む。なんなら72時間のタイマーをセットしてその間苦行をし続けるとか。で、72時間明けたらもうものすごく気分爽快、早朝の空気が気持ちよくてとりあえず帰って風呂入ろうとか。終わったら自分へのご褒美でこれ食べようとかやってみるのもいいのでは。


 そういうことを10回くらいやって、あーもう勉強こりごりだわと思えたら多分その後一生勉強関連で悩んだり迷ったりすることはなくなるんじゃないだろうかなあ。つまり厄除けや厄落としには成功したってことになるんじゃないかなあ。
 そう思うと、たった3日やるだけで(×10回くらいあるにはあるが)残りの人生その亡霊に付き纏われる心配がなくなるわけだから、やった方がかなり有意義だと思うけどなあ。
 などと思ったという。





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