無礼と非礼






 信長の野望天翔記というゲームで人の採用に失敗した時に次のような会話が流れることがある。
 A「うちに使えませぬかな。金品は思いの通りに与えましょう」
 B「人の心が金品で買えると思うておるのか。浅ましい」
 A「なんと!金品に宿る人の思いが分からぬというのか」
 B「よくわかっていますぞ。金品に宿る怨嗟の声がな」

 ここでのAさんはスカウト側、Bさんはスカウトされる側であるが。これとそっくりな成り行きを見かけたことがあるのでこれで解説するとする。


 ・普通に考えてAさんはBさんの能力なり人柄なりを買って評価してこうして活動している。ところがBさんからするとそれが評価とか能力とか腕を買われていると映らないことがある。いやそれどころか、お前は金品やモノで動くんだろうと定められて、まるで値定めされているかのような印象を与え、評価されているどころかまるでスーパーの値切り商品を安く買い叩かれるような扱いに思われてしまうことが時としてある。ここまでいくと「お前は金品で動くヤツなんだろう」とはっきり面と向かって言われているに等しいので、無礼に見えてしまうことになる。つまり評価しているはずが全くの逆効果で見透かされているかのような立ち位置に見えてしまい、その結果が無礼に映ると。
 で、AさんからするとBさんを評価しているはずなのにこいつなんて無礼なヤツなんだと腹を立てることになるだろうし、Bさんからすれば評価しているどころではない、オレも低く見定められたもんだとその評価が相手への非礼を意味することになる。こうして奇妙なことに無礼と非礼とが対立しあって、評価から始まったことが対立をもたらすと。まあそういうことが起こることがある。そういう誤解やすれ違いが発生すると。冒頭の話のように、いかにも良かれと思ってやったことが完全に裏目に出るような話である。


 ・まあBさんの感じていることが180度真逆を意味しているというのが非常に興味深い。
 Aさんは別にお前はダメだから安く買いたたいてやるなんて一言も言ってないんだが、それどころか評価しているわけなんだが、Bさんからみるとこれはもう侮辱であると。お前は金で動くんだろうと、じゃあ金やるから動けと言われているに等しい。こいつオレを愚弄しやがった!とへそを曲げ始めるのだから手に負えない。明らかな非はBさんにあるかのようである。ちょっとへそ曲がりすぎなんじゃないかとすら思えてくるほどである。
 しかしBさんにはBさんの事情がある。「一顧の礼」でホイホイと移動したならば、内情はともかく周りはそうは捉えないだろう。というよりまさにBさんの言うところの「こいつは金品で動くヤツなんだ」という印象を受けるはずである。そういう意味では外聞というやつは手に負えない。あることないことデタラメに並べ立ててしまうのだから。


 と思えば、「三顧の礼」とは一体なんだったのかということである。劉備は君主という立ち位置でありながら諸葛亮という人の才能を思ってはるばる庵まで三回も訪れた。これによって内情はともかくとして、外情は「ああ、劉備という人は諸葛亮という人を買っているんだねえ」と映ることになる。それに諸葛亮としても「ここまで礼を尽くされては答えないわけにはいくまい」というわけで行動にそれらしい説明をつけることができる。そこまでされちゃあ仕方ないということである。


 ・つまり礼とはなにか、礼儀とはなにかということだが内情がどう、外情がどう、周りがどう、外聞がどうといったことを全て丸く収めるための一つの解決策であり解決方法ということになる。近道を行った方がいかにも無駄がなく、迂遠なことが全くないのでムダがないかのように見えるが、実際はそうではないと。いかにも金で釣られたかのように見えるみたいになる事が、その場は良かったにせよ相手の評判を下げ、その結果外聞を悪くし、その結果孤立させることがあり得る。そこまで周到に配慮されてナンボということでもある。


 ・どっかで出た話で終えるが。
 琴の名人が昔いて、王は琴が大好きでその者を探させたことがある。
 そしてはるばるやってきた男に対して王は
 「よしよし、早速弾いてくれ」という。
 男は断って言った。
 「王はまるで下男か何かを呼びつけて頼まれごとでもするようにおっしゃりますが、私もこの芸に誇りを持つ身、この身を卑しくしてまで披露しようとは思いません」
 これを聞いて王は恥じ入り、場を清め、香を焚き、その場をきちんと用意した。
 そしてそれに応じて男も琴を弾いたのだという。


 ・下手に相手を買うということが「なんだ、琴の名人たって下男と同じような扱いでも扱えるなら大したことねえな」となって「おい、琴でも弾いて見せろや」みたいになって相手の価値を貶め、本当に下男のようにしてしまう。評価することが相手にとってプラスに作用しない。むしろ窮地に追い詰めるということがあり得る。
 そういうわけで、相手を買って評価してその結果奇妙なことになることがあるが、何がそれをもたらしているかって礼であって、これは迂遠でムダなものではないのではないかというお話。









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