ダンプ






 モンキーターンの作中で有名な技(?)としてダンプというのがある。要するに艇を艇にぶつけるということだが、これによって自分の舳先の方向を変えたり相手の方向を変えたりというような技である。実際のところ競艇選手じゃないのでこんなことを考えても仕方ないっちゃ仕方ないのだが、しかしこの技の意味するところというのは非常に興味深いものがある、などとふと思った。


 他の艇に体当たりして自分や事態を有利に持っていく、というといかにも豪気で一本気な感じの技に見えるものの、その実相手の技量に大きく依存している性質があり、ある意味では相手とその技量をかなり信用していないとなかなかできない技でもある。だから一見すると「我が道を行く」の典型だとか覇者はこうするものみたく見えるが、実際はものすごく相手への依存度が高い技であると言える。競艇では下手すると相手を転覆させて失格になりかねないし怪我をさせかねないものでもある。ふと思い返せば波多野の師匠の小池は桐生戦での波多野のダンプに激怒しているがその時ちらっと「お前が勝てたのは(波多野がダンプした)潮崎がうまかったからということになる」ということを指摘している。
 ダンプ自体に危険が付き纏うということもあるが、この時指摘している「相手とその技量に大きく依存する」という性質はダンプという技のある意味裏の一面とかその技の本質といったことを指摘している面があるのではないかと思う。見た目は派手だが、その実かなり依存性が高いのだと。


 ダンプして成功したらうまみは自分のもの(ただし両者の身体への健康がリスクとして常に付きまとう)、失敗したら相手を転覆させて自分は危険行為で失格扱いになるというのが競艇。しかし実際のこの人生であり社会生活においてはそういう風にきちきちっと区分されないこともあるしむしろそういうことが多いのではないだろうか。


 危険行為をする、それによって両者の命と健康をリスクにしつつ生きる。
 成功すれば自分にそれなりのうまみが入る。それは当然そのうまみがそれなりに見えるからやるんだけど、しかし失敗したら?自分も他人も危険に晒し、命と健康、人生をリスクにさらし、信用が毀損され、破滅的な状況になる、なるんだけどしかしそれでもやるということが往々にして起こる。はっきり言って全くリスクリターンは釣り合ってない、それどころか大きくリスク側に傾いている、なんだけどそれでも人はその誤った判断から立ち直れないということが起こる。

 なぜそういうことが起こるのか?
 ①ダンプという「技」を仕掛けていると、その技をやっているという自覚、そしてその感覚そのものが快感になってしまって引き返すことができなくなる。そういうことができているオレすげえ、主体的に動けているオレすげえ感覚に陥る。
 ②そもそも全体像が見えていない。リスクリターン、そのリスクの大きさもそうだがそうしたことを含めての取捨選択や総合的な判断ができない、ただ目の前に提示された一面的な「うまみ」だけしか見えてない。人参を追って走る馬状態になる。
 ③ダンプという技そのものにある一面的な華やかさに目を奪われているが、その実囚われているのはその依存性の高さの方であり、他人を蹴落としてやろう、潰してその分だけ代わりに成り上がってやろうということを考えている時点で実際には他者に(能力、技量、存在性等)大きく依存していることに気づいてない。つまり本人の他者や他人という存在への依存性がものすごく高い。
 ④そして①②③を繰り返した挙句、「得意技がダンプ」という状態に陥り、得意技どころかダンプしかできない、技がないという事態に陥る。何しろこの技は「リターン」をストレートに返してくるので(実際はそうではないがそうとしか見えなくなる)これほどお得な手はないとしか見えなくなる。これによって孤立する。


 こういう現象はあるのかなとふと思った。
 でもなぜそうした事態が起こるのか、負のスパイラルが発生し、なぜ人はそこから抜け出せないのかと思うに、何が最も根本にあるのかってダンプという技の根本の、他者への依存性の強さがある……そしてそれくらいのものなので、ダンプという技自体への依存性も当然あると考えられる……っていうのがこの問題の最大の特徴だと思われるのだ。
 他者を犠牲にするとか、他者に不幸があるとか他人がミスをするとかで相対的に自分の評価が上がるなんてのがたびたび起こるのがこの社会だが、でもそれって別に自分が何かをしたから上がったというわけではない。なんだけど、自分の努力以上に他人のミスって「なんだ、こうも簡単に評価上がるのか」となる。「あいつはダメだ、やはりお前だ」なんてことになる。それこそあんだけ努力してきたのに意味ないじゃんとすら思えてしまうほどに。そしてそうこうしているうちにダンプという技の虜となる。他人を蹴落とすことが最も効率のいい技だということになる。

 でもまあ身近な他人を一人、また一人と潰していった先でどんだけ華やかでいい生活があるのかなんて話ではあるんだけど、依存性の高さのあまりに他人を潰し、他人を潰したからまた誰かへの依存性を高める。依存→ダンプ→潰す→依存……という異様な負のスパイラルをこうして作り上げてしまうという人間独自の独特な破滅の仕方というのは往々にしてあるんじゃないかと思ったという。当然そういうのはこの世界においても「失格」処分扱いになるんだけど。





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