文化とは何か








 先日も貼ったけど今回も。この人の動画おもしろい。
 この人がイタリアを北から南までただ食べていくだけの動画。実ははっきり言って興味全くなかったのだが(笑)、なんとなく開いてみたら思った以上におもしろく、個人的に前々からあった何とも言えない漠然とした何かモヤモヤがあって、それが一体何なのか??というのをこの動画はかなり示してくれたように思う。
 特におもしろかったのはトマトのくだりで、様々で多種多様なトマトがありながらそのすべてが個性的であり、例えば酸味が強いものや甘みが強いものなどいろいろあるのだろうけれど、そのすべてに意味があり、そしてそれらすべてが違った場所で違った料理に使われていると。他にも、やれピザの生地はきちんと人が自分の手でこねて作らなければならないだの35センチ以下でないとピザとは認められないだのと言った細かいルールがあり、その中で人々が仕事をしている。
 そう、そうなんだよこれだよこれと思ったのだが、それが何かはまとまっていないが、そのまま書くことにする。


 ・今の日本はなぜこうなったのだろう、そしてどうすれば立て直せるのだろうかという問いを立ててから長いが、多分そう遠くない将来恐らくそれはうまくいき始め、そしてそれを起点として一気に日本経済を立て直す、あるいは立て直されることは十分可能だと思っている。経済だけならば。
 しかし、それって一体なんなのか、何の役に立つのかというのが漠然として見えてこなかった。何たって結局口を開けば金、金、金。所詮は金しかないのかってのと、確かに金さえあれば万事解決するもんなあ、じゃあ金問題を解決するのが手っ取り早いもんなあというのでその間で揺れ動いてきたが、この数十年で日本経済はともかくその実態は大きく衰え廃れてきたのは間違いない。米なんてどうにでもして作れるってのがあったものが今や「作るなんてアホらしい、買えばいいじゃん」となり、そして米の作り方すら知らない人がものすごく増えた。それが直接的に大きな被害をもたらしたことはないが、しかし今後はわからない。ただ、食糧の確保とかそういう問題以上に米を作るその周辺の技術などは失われただろうし、それにまつわる文化が廃れた……というより大きく毀損させられたのは間違いない。
 恐らく……そのイタリアのトマトあたりでいたようなトマトに精通したものすごく詳しい人は確かに日本にもいたんじゃないだろうか。例えば米について非常に詳しく、あの何々って米はおかゆにしたら抜群にうまいとか、こういう炊き方をしなくちゃダメだとか、どういう育て方がいいだとかそういうことに詳しい人がいたんじゃないだろうか。
 知識が単なる知識ではなく有機的な繋がりをしており、ただ暗記事項をたくさん頭に入れていればOKというようなものではない、もっと豊かな世界観が恐らくあるのでは、もしくはかつてあったのではないだろうか。



 ・米に精通した……それは単純な知識というだけではない、栽培から調理法、食べるところまですべてに精通したような人がいて、それは確かな繁栄を、豊かな食文化をもたらしたに違いない。ところが今やそうではなく、「米なんて買えばいい」となり、味から何から全く詳しくない。とりあえず食欲を満たせればいいという具合になった。
 しかしその先に一体どういうものがあるというのか。憂うべきはそれで、米はただ腹に詰め込むだけ、文句も言わず贅沢することもなく、ただ働いて金を稼ぐだけの生き物に人間は堕してしまった。なぜそういう世界になったのか、そしてだとすれば真に求めるべきものは何なのか。それが何だということまではっきり指摘できるわけではないけれど、ただそういう何かの方向性を漠然とながらこの動画は示唆してくれていたように思うのだ。
 そういうことに向かうことなく、ただ金だけ解決すれば万事解決ってのはそりゃまあ確かにそうなんだけど、そうではない道ってものをなんとなくこの動画は示しているんじゃないかと。そう思われた。



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