治世の能臣、乱世の姦雄






 ってのは有名な曹操評価だが。
 最近ふと思ったのは人として治世タイプと乱世タイプってのは明らかにあるなということ。曹操はどちらにしろ優秀という見方もできるが、そのどちらの世であってもうまく世渡りしていけるという意味もあったんじゃないだろうか。
 オレなんぞは多分乱世の方が生き生きしてるんだろう(笑)


 ・ここ数十年は明らかに治世下だった。平和な世の中で同じことを決められたようにコツコツできる人材がサラリーマンとして重宝され生きていけると。でももしも治世でのみ生きられる人間のみが日本人となったらどうなるかって、乱世での対応が難しくなる。その結果として絶滅みたいなことに陥りかねない。すると乱世での対応能力もそこそこある必要性というのはもともとあったわけだ。
 で、こうした異様な円安で円の価値は暴落しつつも株は安くなるので大量買いで高値を30年ぶりに更新した日に万引きで捕まった40代の男性が話題になっていた。「限界です、お金ください」とか言っていて相手を殺傷する気もなさそうな人だったということだが。個人的に思ったのは、この人はまさに治世下で力を発揮するタイプの人だったと思うのだ。まあ毎度妄想だけど(笑)、悪いことはしない、人を傷つけたりもしない、大人しくてコツコツと仕事をするのが向いたようなタイプの人間が追い詰められていきこうなったと。


 ・恐らく氷河期あたりからは乱世タイプの人間にとってはかなりの逆風だったに違いない。派遣切りや自己責任が横行し、ある一定の決められたポジションにすんなり入られた人間だけが得をすると。
 しかし今は明らかに乱世へと切り替わった感がある。冒険しない、無茶苦茶しない、安定して手堅くっていう人間の最大の弱みは本来得られるべき経験値が得られないということ。で、その間に「後は野となれ山となれ」で海外へ出稼ぎに行く(安心安定を捨てて冒険できる)人間が海外でいいポジションを取っているというのは皮肉である。
 そうしてみると、治世と乱世による波というのも時代は確かに含んでいて、いわゆる一般的なルールというものが通用するのは治世下だろうが、今はそれが通用しないというか、通用しにくい時代でもある。


 ・氷河期世代あたり、いや恐らくはバブル崩壊後あたりからは日本人を治世下での対応がいいという方向性へと大きく導いた感があり、その結果として乱世タイプの人間はこの30年の期間中相当しんどい思いをしたろう。しかし今後は恐らくかなり違ってくるのではないかとみているが。そういうバランス調整によって人のタイプを選別しようとしてきた、あるいは結果的にそうなってきたのがこの歴史というもののもつある一つの面なのかもしれんと思うとこの流れを興味深く見ているところ。




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