活躍






 今日思っていたのはそういや20年くらい前に介護疲れした奥さんが旦那さんを焼却炉に入れて、そのまま自分も入って自殺したとかいうニュースがあったなあということだった。
 で、それが自分もたまたまニュースか何かで見聞きして知っていたし大学の講義でとある先生が絶賛していたもんだからたまたま印象に残ったんだけど、そうした死にざまを美しいとか素晴らしいとか言っているわけだったのだが、それに関して覚えた違和感というのがふと今の「活躍」とかそういう言葉への違和感とけっこう密接な関係があったんだなと。活躍じゃなくて活躍せざるを得ない場所に追い込まれているから頑張っている、それを「活躍」と評することがそもそもおかしいし、活躍しないでいい社会の方が遥かにいい社会であり目指されるべき社会だったんだなということを今の視点では思う。
 そういう視点で見たその心中事件、確かに評価できるところもある。まあ具体的にどんな事件だったかをほぼ忘れたのでざっくりと妄想に基づいて(笑)書いてみると。


 ①自分だけ生き残れば、つまり相手だけを殺せば自分はラクになれる。じゃあ殺しましょうってのは良くある話だし、なんなら保険金もかけてなんてのもさらに良くある話。これで自分だけ助かる上にさらに助かるという、つまり相手を見捨てればラクになれるんだけど、さらには相手を突き落とせばもっとラクになれるという安易な道が開かれていたわけだ。
 でもその人はそういう道を選ばなかった。それを拒絶しているということがまずある。

 ②逆に介護に疲れたから自分だけ死のうなんて道もあったに違いない。でもそうなると残された相手はどうなる。生き残った相手は自分の死をどう思うだろうか。あるいは生き残ったその人を一体誰が介護するというのだろう。つまり自分が死ぬことによって誰かへの押しつけとなる事態を防ごうとしたってのはある。つまり介護の連鎖、押し付けの連鎖である。それを繰り返していくとこの人はきっと、ああ、自分は社会のお荷物なんだという自覚を深めるに違いない、恐らくはそれは避けたかった。
 生き死にの話だけじゃなくて逃げるとか一時的に休むって道もあったろうがそれを選べなかったってのはここら辺の事情とも関わるのだろう。誰かが常に介護しないといけないわけだから。つまり他人や世間へ迷惑を極力かけたくなかった。あるいは金で解決って道もあったのかもしれないけど、片方が介護されなければならず、もう片方が付きっ切りとなると経済的に~なんてのが極めて難しい事情も相当あったのだろう。

 ③①②を踏まえて本当は押し付けたいし逃げたいし休みたい、疲れたんだけど、殺すってわけにもいかないし自分が死ぬってわけにも行かない、逃げるわけにもいかない、しかし疲れた、もう疲労で追い詰められた、そして明日からも同じ人生が続くのだろうとなるとじゃあもう一緒に死ぬしかないという結論が導き出された。自分はまだ生きたいわけだし、かといって相手にも死んでほしくないんだけど誰かにその責任を押し付けるのもなあと。そうしたら心中しかない。
 結局これによって誰にも迷惑をかけることなく、押し付けもせず、相手はお荷物だなんて思うこともなく、そして自分は死にたくはないんだけど、まあ自分さえ我慢すればいいのだと。そうして考え抜かれた末に選ばれたのが心中だった、つまり相手を殺し自分も死ぬし、それによって誰にも迷惑をかけないってことなんだろうが、責任感の強さとか心中がベストだと思ったところでどこまで貫徹できるかと言えば極めて難しいし、何より死にたくないし自分だけが助かる方向性が当然ありながらも死ぬことを選んだと。これによってきれいさっぱりと事態を終わらせることに成功した。
 それは確かに立派なんだろうが、そしてそれは人の持てる力を最大限に発揮した「活躍」の一種なんだろうが、でも本当にそれは称賛されるようなものだったんだろうかと。神風特攻隊みたいなのと一緒で、死ぬ方向性でものすごい力を発揮するわけだが、しかしそれだけの力を生きる方向性に使えていればもっと素晴らしいことはもしかしたらあったのではないかと思えるし、何よりそうしたとてつもない力を死ぬことだけに使うのが人であり人生だったとすればあまりにも人生は虚しすぎる。力というものをそういう方向性で使うことに対する違和感であり、せっかくの力を使って塔を作る(+を目指す)方向性ではなく、迷惑をかけないとかキレイに生きるとかいう方向性(マイナスを減らすという方向性)でしか生きられないし、あるいは目指せない、そしてそれを称賛するっていうのがどうなのかというのを思った。

 まあしかし人生というのはとかく生きにくい。プラスを目指したところで理屈はともかく結果はついてこないかもしれないし、マイナスを減らそうと生きるのはたいそうなことだがその結果何が残るかというのもある。プラスを目指した結果迷惑をかけまくる人生になるかもしれず、マイナスを減らそうとした結果が何も残らないこともあり得るだろう。人生がうまい形に収まるっていうことがいかに難しいかなどと思った今日この頃。





この記事へのコメント

にほんブログ村 ゲームブログ ゲーム評論・レビューへ
にほんブログ村