うさぎとかめ






 某所に典型的な天才と秀才がいるのだが、その二人を定点観察していって2~3年が過ぎたか。現状圧倒的に秀才の方が抜きんでていて非常に興味深い結果が出ている。個人的にその天才の際立ちっぷりがあまりにすごかったのを痛感していたので、現状すっかり逆転しているってのがおもしろいところでもあり、興味深い点でもある。


 ・大学の頃民俗学にハマっていた時があったのだが、柳田國男(邦夫ではない)という民俗学の大家が言った言葉が印象に残っている。 いわく、戦後の日本人の味付けは大きく変化したのだが、特に顕著なのが「甘い、柔らかい、(味付けが)濃い」これを聞いてなんと簡潔明瞭でわかりやすいことかと思ったことを覚えている。多分大学2年くらいの時の話。
 大学はすごいと言いたかったけど、やれ代返だのバイトが忙しいだの授業は睡眠時間だのがやたら多かったのでそう手放しに大学を褒めることはできないのだが、とりあえず大学で学ぶことというのはおもしろいことも多かったけど、基本的な性質っていうのは先のものの真逆ではないかと思うのだ。
 つまり「まずい、固い、(味付けが)薄い」ということ。例えば死の民俗学なんて講義に出ていたのだが、個人的にものすごくおもしろくてハマっていたのだが、一緒に出ていた友人は同じ場面であくびしてて「なんで二十歳やそこらで死について考えにゃならんのか意味がわからん」とか言っててそれもそうだと痛く納得した思ったことがある。つまり、まずいし薄い。それならYouTubeでも見てた方がナンボかおもしろく楽しく充実した時間を過ごせることだろう。
 他にも難しい数式とかは一見してわかるほどに「お堅い」感じで、とっつきにくい上に意味がわからない。そういうことをわざわざ敢えてやりにいくのが大学であり、学歴をそうしてゲットするのだとは思うが、それというのは別に人生の充実には何も関係がないどころか恐らくはその真逆を行き人生の薄さと迷いと「オレはこの先で一体何を見出すのだろう」と言った達観みたいなものを得るものではあっても、まあそれ以上のものはないような気がする。
 バイトかサークルか勉強かといった選択肢の中で勉強を選び取ってすっかりまいってしまい、オレの大学生活はなんだったのだろうと思うこともあったが、今思うことは、最低これは得たなということはつまりそれであって、「まずい、固い、薄い」ものに耐える能力というものは自然と身に付いたなあと今となっては思う。当時は一心不乱に勉強していたから、物理化学に数3Cまでムダにやったししかももはや覚えてもいないが(笑)、そういうことは置いておいても残ったものはそうしたものに耐える能力ではあるなと。


 ・話を戻すと、天才と秀才の明らかな差というのはここにあって、天才は高卒なんだけど秀才の方は調べてみると大卒ということがわかった。別にここで学歴差別をしようとは思わないし、大卒もこんなんかってのはさっき示した通りである。
 ただ、大卒のその人がやっていることというのが明らかに「まずい、固い、薄い」ことであり、しかもその内容を嬉々としてやっているそのハマりようその有様をみて、ああこの人もかなり壊れとるなと(笑)そういう印象もあったし、逆に慣れてさえいれば軽くスルー出来るはずのものをその天才がスルーできていないところを見て逆にピンとくるものがあった。その天才っていうのがとんでもない手段でいろいろなものをクリアしてきたのを見ていただけに、その天性の感覚はもうマネできないと思っていただけに、逆にここでつまずくのはなぜだ?というようなところでつまずいている、そのつまずきっぷりがものすごく強烈にヒントに繋がったという話。







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