不遇な根






 不遇な植物が、表面上全く大きくなっていないのが残念、さぞ口惜しかろうと移植でもしてみようとすると、意外なほど大きく根を張っていることに驚かされることがある。まあその場合、せっかく大きく根を張ってさあこれからという時に邪魔者というかとんだお節介がやってきて根を傷つけるだけ傷つけて去っていくというこの不届き者ということになるのだが。


 この植物という物言わぬ存在は、こうして順調な時にはすくすく育つし、不遇な時は不遇な時でその根を地面に大きく張る。不遇だからこそ大きく根を張るということがその後の飛躍に関して重要であるということをよくわかっている。不遇な時にはこうしてただ耐え忍ぶ。その逞しさに気付くとき、ひどく感銘を受ける。


 30年くらい前にニンジンを育てていたことがあって、何もないだだっぴろい空き地にニンジン一本という奇妙な状況があったのだがニンジンはすくすくと育ち、とんでもなく大きな葉を茂らせたことがある。もはやニンジンにしては巨大サイズといっていいだろう。なんてことだ、こりゃとんでもなく大きなニンジンができるに違いないぞと心躍らせて毎日見に行っては水をやり、かいがいしく育てたことがある。
 そして秋になって、ワクワクしながら掘ってみるとなんじゃこりゃあ!?というほど不釣り合いな小さなニンジンが掘り起こされて、もはや笑うしかないということがあったんだけど。
 全長3センチくらいの超ミニニンジンだった。逆にそんなもの見たことがなかった。


 人というものもそういうものかもしれない。
 不遇な時ほどこれは根を張るチャンスだと自らを鼓舞し叱咤激励するのか。
 万事うまくいっている時には果たしてオレの根は今たくましく育っているだろうか、足下を掬われないだろうかと気にしてみるのか。
 そういうことも大切なのかもしれん。
 などということを不釣り合いにうじゃうじゃと大きく茂っている根を見ながら思ったという話。







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