底抜け






 ・恐らく個人的に思うことには、人文学というものを心理学によってカバーすることは不可能だし、それをするにはあまりにもそれは非力だということ。それが的確でないとすれば、科学的なアプローチによって心理学的に心理というものを具体的な形で指摘されねばならないし、それがどうしてもなされていない以上は現代の心理学というものはその程度のレベルでしかないということは前提としてあっていい。
 ではその上でどのように生きるかである。人文学の特徴は、全く直接この世界を生きる上で役には立たないものではあるものの、かといって全くなくなっては困るという数学的にある一種の補助線みたいなものに近い何ものかであるに違いない。ある時にはそれは特効的に役に立つが、そのある時が一生に一度もこなければ、それは何の役にも立たないのである。


 ・人にとっての希望っていうのはどこまでのものでいったい何ものなのかはわからないが、個人的に思うことはそれというのは人生というものの最低限のラインを示しており、そしてそれが破壊されるということは底の抜けたバケツにほぼ等しいということ。希望に縋り付いて生きていく様は愚かしいものだろうが、かといって希望を失った人生というのは底の抜けたバケツ程度のものでしかないということ。そしてたまたまそういうものを追っているということが恐らくそうした何らかのものとたまたま一致しているらしいということをあくまで「精神的に」は感じている。
 「そんなものあろうがなかろうが人は生きなきゃならんし生きるんだよ」と人は強気にいうものの、残念ながらそれは己という心の奥底一つでしか見えていない。そしてそれを意識しないで一生を終えられるのであれば、それはきっととてつもなく幸福であるに違いない。何が悲しくて、人が誰もわざわざ敢えてバケツの底をチェックしながら生きなければならないのか。そういうバカなことをしないで生きられるならそれはきっと幸せだろうし、そういう人間にとってこういう馬鹿げた思索とその過程はきっと一生不要であるに違いない。


 ・あくまでそういう主観的なことの上に展開されているらしいものを調べていくと、信義というものは意外と重要であるらしい。恩に対しては恩で報いるべしというのがオレの主義だった。そして仇に対しては……というものは全くなかったところが、この人生を通してそれを眺めると確かに仇に対しても仇で報いるということが非常に大切なことであり、それなくしては一体として完成されるところのものがなく、従ってオレという人間はまだ完成していなかったのだということに気付かされる。これが一体何なのかはわからないが、それくらい昔から古代中国をよくみてきているということなのか、三つ子の魂百までというやつだろうか。
 でもそれならそれでいいんじゃないかなあと思ってもいる。オレが見てきた中で、けっこう騙す側を讃える声というのは多かったし、騙される側というのはそれで愚かの象徴であるとみなしている人間が非常に多かった。オレオレ詐欺だって騙されているわけで、なんでそんなよくあることにわざわざ引っかかるのか、アタマがバカなんじゃないのかというそういう一種の線引きというのは強固にあるらしい。つまりはっきり言えば差別的な言動に繋がるわけだが、意外なほどその差別的な言動は多かった。そしてそれは騙す人間への称賛でもある。人を舌先三寸で騙して1千万も騙し取ったとなると、一体どうやったのかと。天才じゃん、オレにもその手口を教えてくれよと。ここまでくると勝者を通り越してもはや英雄である。確かに10人殺すと犯罪者だが100人殺すと英雄とかいうのがあったが、それにしても「一将功なりて万骨枯る」とはまさにこのことかと思うほどだった。


 ・だからこそオレは一生忘れんだろうなと思うし、同時に今まで見てきた世界そのものをひっくり返して全く違う角度からこの世界を見ることに成功しているともいえる。従来のそれとは180度違っているんだけど、もしもこの角度からの見方を一生知らなかったとすればそれは恐らく人生の本当の姿を何一つ知らないまま生きることに等しいということだし、そういう世界を生きて当たり障りなく100年生きたとして、果たしてそれにどれだけの意義があったのだろうとも思う。価値を礼賛し、無価値を蔑む。それって結局「飛んで火にいる夏の虫」じゃないが、人と虫に果たしてどれだけの差があるんだろうってことでもある。
 そういう虫みたいな人生は多いし、なんなら99%の人生なんてのはそうだと思う。虫が虫を量産化するだけの話なんだけど、でも敢えて思うことは、何一つ考えることなくバケツの底を考えたりしないで虫みたいに生きられたら人生どんなにラクなんだろうかなあっていうことだし、本当なら人生なんてそれくらいでいいんじゃないかなあってことでもある。これはもう、オレもいっそそうでありてえよという一種の憧れみたいなものなのかもしれない。




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