バカとクズ2(タクティクスオウガの場合)






 ということで前回のバカとクズの構図をそのまま当てはめていこうというもの。これ当てはめて考えるだけなのでブログの書き手としては記事が稼げてある意味ではいいのかもしれない。しかもそこそこ妥当性はある気がする。
 今回はタクティクスオウガについて。画像は気が向いたら貼ろうと思います。


 ・デニムはバルマムッサの虐殺でレオナールに選択を迫られる。
 敵は圧倒的だがこちらは少数であると。
 ならばここから一発逆転を図るならば、自民族を虐殺するしかない。
 そしてそれを敵側のせいにしてなすりつける。これによって正義の戦争であるという大義名分と、敵内でもそんな非人道的なことは許せないということで対立と分断が引き起こせるだろうと侯爵とレオナールは説くのだが。


 ①これに賛成するデニムはクズであると言える。
 虐殺を自作自演することで、どうやっても勝ち目のない戦争に勝機をもたらすことができる。というより活路を見出そうとするならこの方法に賭ける以外に現状打開策はない。たしかにそれは極めて卑劣、非人道的な道だろう、しかしじゃあそういうせっかくの起死回生の奇策を用いずに、正々堂々と戦っていってその先どうするのか。敗戦、それどころかまたみんな支配下に戻るだけではないのかと。


 そうなると確かにこの選択肢はクズである、しかし妥当性のない当てずっぽうな選択肢であるとは必ずしも言い難い。そこに一発逆転の要素があるならやってみるべきだし、そんな汚いマネはダメだと言って選ばない、しないままに滅ぶことこそ愚かであると言える。ならば、この選択は確かにクズかもしれないが頭はいい。いわば狡猾な手段だということができるだろう。


 ②ならばそれを選ばないとすれば?
 せっかく目の前に起死回生の手がある、そしてそれを実行できる機会は数少ないだろう。そうそうあるものではない。それはわかる。
 しかし、そんな卑劣なマネをしていいのかと。自分たちの仲間を虐殺してそれを敵のせいにするなんてことは卑劣だと。人としてそんなことが許されていいのか。
 効果的だからやる、自分たちが生き残るにはこれしかないからやると、そんな理由でそんなことをやっていいのかと。そもそもそんな汚い手段がこの世にあっていいのかと。
 そりゃ自分たちが明日生き残れるかどうかという状況ではあるのだが、しかし自分たちが助かるために関係ない人たちを虐殺するなんてありえないことだと。


 まあいうまでもなくこの選択はバカであり愚かな選択だと言える。
 卑劣だとか非人間的だとか言うわけだが、しかしそもそもそれを言うその土台というのは自らが生きること。生きていなければそんな発言自体ができないわけだし、自らの存亡、自分の命、あるいは明日の生活、そうしたものが掛かっている状態でそんな綺麗事を言えるのかと。ある意味では両者の最も大きな違いはここに、つまり前提にかかっていると言えるだろう。
 クズ派は明日の生活であり自分の命。綺麗事は二の次となる。従って結果はクズに近いものとなる。
 一方のバカ派はまずは人道やルールがくるべきだろうと。それは自分たちの生活以上に重視されるべきだという。従って話を聞いた時点で、ああこいつはバカだとわかるということになる。



 今日なんか頭回らなくて書こうと思っていた内容が出てこない。最近寝不足だからか。コロナは回避したがなんか最近右肩えらい痛むんだよな。
 何かこうと思ったか忘れたので寝ます。続きはまた。





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