擦り傷と骨折と






 今日ふと思い出したのが、確か15年くらい前に落石事故で走行中の乗用車にそれが当たって確か助手席側の娘さんが亡くなったとかいう事故があったなと。走行中の車と落石が当たるなんて相当な確率の話だと思うが、当たってしまったものはもうどうしようもない。ほんの1秒程度、どこかでずれていたら恐らく違っていたに違いないが、そういうことはごくごくまれに起こるんだなあということをふと思った。


 ①誰かが擦り傷で怪我したとして、我々は「んなもんツバつけときゃ治るよ」という言葉を持てている。5センチくらいのひどい傷だと動転して慌ててしまうものだが、どうしようと思ってもそれを聞けば「ひでえ野郎だ」とか思いつつもとりあえずツバとかつけてみたり消毒してみたりしているうちに、そもそも怪我したことさえ忘れてしまう。


 ②骨折とか挫折とかしたときに愕然としてしまうものだが、こういう時も我々は言葉を持っている。まあそのうち治るよとか、越えられない試練を神は人に与えないとかいうことを言ったりする。それがどういう狙いがあろうとなかろうと、この言葉というのは「ツバつけときゃ治るよ」というのとはかなり違うものではあるが、しかしそれによって慰められる心があるというのは確か。ふざけんな!てめえにオレの気持ちが分かろうかい!と思ったとしても、いずれ骨折は治っていく。挫折してもいずれは立ち直らなくてはならない。


 ③ここで冒頭の話に戻るが、こういう状態でじゃあ我々はどのような言葉を持てるのかということになる。
 まさか「ツバつけときゃ治るよ」なんてことは言えないし、「神は越えられない試練は与えない」なんて大真面目に言おうものならぶん殴られるだろう。つまり当たり前のことではあるが、野球でいうボールとバットのように、対象と対象とがぶつかるに相応しい状況やものというのはある。相応しい言葉がある、だとしても①や②の言葉は全然筋違いのものであるということは指摘できるだろう。 


 ・村下孝蔵さんの曲とか聞きつつコメント欄を見ていると、
 「なんでこんな人が死んでしまったんだ!」という意見とは別に、
 「神はこの才能を愛したがゆえに近くにおいて起きたかったんだろう」という言葉も見受けられる。つまりはこういう言葉によって、なんで死んでしまったんだ?という疑問に対して我々はある程度の納得のいく境地にたどり着くことができる。納得するということはある意味では諦めるということでもあり、あきらめがつくということでもあるだろう。これは①②③のどれもが本質的には同じことで、我々は満足と納得と諦めの境地というものを常に求めているし、そういうものなしになかなか前へと進むことができない。そういう性質を持っている。
 擦り傷で「神は越えられない試練を人に与えない」といえば何言ってんだこいつ?となるだろうし、挫折したときにツバつけときゃ治るよもダメ、あるいはものすごい不運の非業の死に対してそれらの言葉では満足と納得を得ることができない。そこには明らかな正解不正解と、空気の読めるやつ読めないやつ、明確な高得点と低得点であるところの何かがある。


 ・インドで仏陀の話か何かに、子を失った母の話があって、仏陀様、子が死んでしまったんです、生き返らせてくださいとかいう話がある。で、仏陀は確か水をもらってこいだったかなんか言いつつも条件として、子を失った家に行ってもらってくることと条件をつける。そしてそうした家を回って話を聞いているうちに、ああみんな悲しいのだと。そしてもう失われた子の命は戻らないのだと自ら悟る、とかいう話があったが。恐らくそのいわんとすることというのは、この③の段階の話ではないかと思うのだ。


 ・私なんかが病院にかかっていて思ったことは、医学に基づく素晴らしいものではあるだろうが、何かが物足りないと思った時にある何かというのはここらへんにまつわる何かだったのでは?と思うことがある。
 客観的といえば聞こえはよいが、どこか寒々しく他人事である。かといって親身になって話を聞いて共感しすぎた先にあるのは主観的どころか感情移入。これは避けたいとなるとどうしても他人事となる。病院というのはある意味他人事の極致でもあるし、いちいち感情移入していたら務まらない。
 そしてそういう場でどういう言葉が使われるかといえば、①②③のうちどうしても②に偏ることになる。
 まさかツバつけときゃ治るよなんてとても言えないものだし(笑)、③なんて言葉を使うにはどうしても踏み込みすぎる。となると②ということになるのだが、どうもそこにある違和感というのは、我々の社会生活で暗黙にある求められる答えを必ずしも提供できるわけではないということ。①と③は持ちえないし、かといって②ですべてを割り切るにはかなりムリがある。そういうムリを重ねた先にあるものが病院であり、常々抱えていた違和感の性質というものを敢えて言葉にしようとするとそういう感じになるかなあとふと思ったという話。











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