ゲーム脳






 個人的に意識しているのがゲーム脳ということ。これはいろいろ問題があるが、その反面破壊力も凄まじいものがあるのでできる限り身に付けなければと思っている。


 ・ゲーム脳のハシリって誰かと言えば多分韓信とかになるのではと思っている。孫子を敵将みんな知っているから水攻めをというくだりはちょくちょく書いているが、これを本人がどこまで意識しているかは怪しい。しかし試しに水攻めをしてみて、水攻めによって敵陣があっさりと崩壊していく様などはきっとおもしろかったろうし爽快感を感じさせるものだったのではないか。となるとゲーム脳の最大の特徴は効果的であるということ、これの追求に尽きるということになると思うが、反面頭でっかちに陥りがちでもあるという罠を持ってもいる。韓信は敵を撃破することにかけては比類ないものではあっただろうが、それを恐れた味方によっていの一番に殺害されたし、また殺害されなくてはならなかった。壊滅させた敵に恨みを持たれたということはほぼなかったろうが(敵はそれどころではないほど壊滅した)、しかしその実力を恐れた味方によって破滅させられるという憂き目にあった。
 ゲーム脳はとんでもなくすごい破壊力を持ってはいるが、その反面ちょっと角度をずらされれば意外なほど脆いという特徴がある。韓信も普通の人の感覚があって普通ならこういう人は怖いなと思うような気持が少しでも分かったのであれば、多分事前に殺害を避けられたのではないだろうか。


 ・こういう考え方は歴史上ちょくちょく散見されるものでもあって、例えばアメリカではインディアンの襲来があったわけだが、インディアンの奇襲を逆手にとって、敵が出払っている隙に敵の根拠地に奇襲をかけるという作戦があったことがある。奇襲に出るのは男たちだけだが、根拠地に残されるのは老人と女子供だけであると。ならば男たち以外を全滅させられれば、実質的に全滅させたに等しい。この作戦は確か大成功を収めたはず。人道的にみると最悪かつ最低だが(まあ戦争に人道を持ち込むのがナンセンスではあるのだが)、効果的であるということ、そしてその目のつけどころはまさに悪魔的であるとしか言いようがない。人が急にやれと言われてもできるものではないのだが、こういうことを考え出してやれと命令する方は至って気楽なものなのかもしれない。
 まあそれはともかくとして、効果的ということを究極的にもしも身に付けようと思ったならば、こういう視点はまさに理想的なものであるということ。


 ・そういうわけでゲーム脳ってのは確かにあるわけだが、効果的ということにこだわるのであれば非人道的な手というのはどっかで出てくる。困っている人を見て買い叩くとか、マスクがなくて困っているからこそ買い叩く(いつぞやの転売ヤーの話)なども端的なこれだと言える。マスクがなくて困っている人を見ているのであればかわいそうにと手を差し伸べるような人であっても、そういう人が日本のどこかにいて今目の前にいないのであればわからないという時にはこういう現象は起きる。マスクがないのであれば、困っているだろうと無償で提供もできるのが人道的ならば、ないのであればこれはチャンスと徹底的に買い叩くのも人であるということ。そして人道とゲーム脳はこうも相性が悪いということ。
 相性は悪いのだが、我々は経済に関わっている以上効果的であるということに常につきまとわれている、だとするならばゲーム脳というものをどっかで身につけておく必要があるのではと思ったという話。




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