決断の話






 最近ちょっと相談を受けたので、ぼかしつつ書こうと思うけど。
 ちょっと悪質な話だったので半統一教会(仮)として書きますが。知人がその半統一教会まがいに入ってて、で辞めたいんだと。でも辞めるには新しい人が入ってこないといけない。新しい人は誰も入らない。だからあんたやってという話で自動的に継続になったんだが、まあ続けると報奨金としての額が結構跳ね上がるんだよと。
 オレだったら即辞める話で、もう聞くまでもない。辞めますで終わり。もう行きません。そもそもこの話は続けるか辞めるかの二択しかない。保留という第三の選択肢を選ぶがために自動継続となり、グダグダと続くことになる。で犯罪とはいかないまでもその悪質なやりくちをまいっかで野放しにしているという責任もある。それは犯罪とはいかないまでも今後にわたって悪い前例を残してもいいという空気感につながる。だからよくある麻薬の受け子とか、口座を教えて振り込まれて詐欺集団に巻き込まれて逮捕につながるとかその手の話で、下手に人がいいもんだからそういう勢力に付け入らせているということ。相談を受けようが受けまいが、保留しようがしまいが詳しい事情を知ろうが知るまいが二択しかない話。で即辞めろと言ったのだが、このまま保留を続けるんだろうなと。


 ・相談をするということはアドバイスを一応聞くということで、それを聞こうが聞くまいがその責任は別に他人になるわけじゃない。で、聞いて保留を選んだ、報奨金も増えるしなあと言ったのは本人なんだから、オレとしては「以上」で切り上げた。つまりそこにはもう相談をする余地は一切ない。そして一応はそういう形になった以上はこれ以上の全く同じ相談は今後一切聞かないということでもある。結局相談だアドバイスだなんてのは所詮雑味でしかないってことなんだよね。「お前ああいったから責任取れ」ったってやるのは本人なわけだから。でも結局結論が出なくて迷って悩んでやりたくないんだよなあと思いつつもまた全く同じ相談をするなら、次はマジでキレ散らかそうかなと思った(笑)最近ものすごく短気(笑)
 人の弱みとか人の良さに付け込もうという人の悪質さってのは確かにあるし、そういうのを見ると反吐が出ると思うけど、でもよく考えたらそういう状況に陥るにもそれなりの責任はある。かなり極端な話ではあるけど、自衛隊内では盗みが多く自分のものはしっかり管理するように言われたものだった。その理屈というのは、確かに盗むヤツは悪い。でも財布とかを出しっぱなしにする人間はそれはそれで悪いんだと。人の悪いところを引き出す、誘発するのにも問題はあるのだと。全面的には聞けるとは思わないが、しかしけっこう経験というか含蓄に富んだ話ではある。そういう態度は人生においてもある程度は必要になる。アドバイスがあろうが、悩み事があろうがそれはいい。でもそれを聞こうが聞くまいが、最終的な決断は自分自身でしなくてはならない。その決断をぼかすようなことっていうのはやはりけじめがないというべきだし、そういう煮え切らなさが問題を悪化させることということについてはある程度意識されなくてはならないのではと思う。


 ・まあしかし大人になるにつれ見聞きしたくもないような人の本性みたいなものを目にする機会が増えているなあと思う。人を突き落とせば己はハッピーみたいな、これは時代性なのかもなあ。




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