ダイソンの掃除機の話






 先日のことだが、ダイソンのコードレスクリーナーを掃除していた。
 この掃除機というのは非常に単純な作りであって、
 ①先でゴミを吸う
 ②中のゴミ箱にゴミを溜める
 ③空気は後ろ側から排除される
 ④時々フィルターを洗ってきれいにしなくてはならない


 まあ大体こんなものだけど、普通の掃除機も大体は一緒なのではないかなと。まあ④がついているのがちょっと変わっているだけで、基本はこれも掃除機といえば掃除機でしかないのだ。で、これに先日起こったのが「フィルターを清掃してください」という表示が頻繁に出るというもの。つまりは異常が出ているんだけど、この異常というのは意外と結構厄介だなと感じさせられた。


 どのように厄介かって、④というフィルター清掃の手順をきちんと知っていれば別に全く問題はないわけだ。水で洗う、干してから使う、24時間は使わない。まあ念を入れて48時間は使わないというようにしていれば全く問題はないだろうが、しかしもしも④という手順を知らなければ?あるいはそこまでの全体像を知らなければ?あるいは説明書を読んでいなければ?これは全く違った結果をもたらすのではないかと思ったのだ。


 ①洗ったものを24時間おかずに使われてしまう
 こうなると良く書かれている通りだが、簡単に壊れてしまうだろう。じゃあなぜ壊れたのか?まだ濡れていたからだ。なぜ濡れていた?説明書を読んだ人間がそれを洗ってしまったからだ。
 つまり、「洗わなければ壊れなかった」という奇妙な結論が導かれることとなってしまう。お前が洗いさえしなければ壊れたりしなかったんだとなりかねない。これは注意喚起していたり、使われないようにいろいろやっておくということでもなかなか防げない。使われる必要性があれば、注意喚起やいろいろな小細工は何も意味をもたらさないし、つまりは説明書を読まない人間はけっこうここでは強かったりする。


 ②仮にそうして壊れたとして、じゃあどのような話が組み立てられるか。
 ゴミが詰まっていた時には動いていたのに、ゴミがなくなったら動かなくなった。
 つまりゴミが詰まっていた時の方が動きが良かったと言える。つまり、この掃除機はゴミが詰まっている方が良かったのだ、性能が良くなるのだという話の組み立てがしばしば起こる。
 「んなアホな」と思われたとすればその考え方はかなり正しい。これは論理的ではあるだろうが、論理的でしかないのだ。例えて言えば「日本人はよくコメを食べる。そして日本人は胃がんが多い。つまり、コメは胃ガンをもたらす元なのだ」というような論とかなり近い。何言ってんだって話だが、論理的ということが日本の教育では重視されるが、論理的なだけでは話はしばしば暴論に繋がる。なんだけど、それが論理的という土台に立っているがゆえに、これを否定することはなかなか容易なことではないのである。


 ・じゃあどうしたらいいのかということを個人的にはいろいろ考えていたが、それを書くことは全く意味をなさないと思うのでやめることにした。日本の特に数学の教育ではわからなければ答えを見るというのが最もいい方法ではあるが、現実的にはそれは「わからなければ答えを見る」という習慣はもたらしはしても、ろくな結果をもたらさない。そういう意味での問題とそれへの対処・対策であり根本的な解決ということを考えてきたつもりだが、だからといって書くことには大した意味がないんだよなあと最近よく思う。


 ということで趣向を変えて問題提起ということでいきたい。
 「この掃除機はゴミがたくさんあった時は普通に動いていたのに、ゴミがなくなったら動かなくなった、てことはつまりこの掃除機はゴミが多く入ってた方が動きがいいってことだし、性能が100%発揮されるってことだよ!それに洗ったりすれば壊れるリスクも出てくるわけだし、洗わない、掃除しないのが一番いいよ!」
 と言われたとして、じゃあこの話にどのように返すか。
 これはかなり難しいと思うけど、これを考えて何らかの答えを出すことに意義があるのではと思ったので、今回はこのまま投げて終わることとしたい。
 ついでに
 「日本人には胃がんが多い。日本人はコメをよく食べる。つまり、コメには発がん物質が多く含まれている可能性がある!」
 というのも考えてみるとおもしろいかも。
 この問題は『統計学は最強の学問である』という本に書かれていたので、もしもよければあの本の一読をオススメしたい。




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