統一教会について






 最近でこそ統一教会が盛り上がっているが、実はこの話初めて聞いたわけではないという話。


 ・今から20年くらい前になるか、私がまだ大学二年生くらいの時にとある女子学生さん二人に話しかけられた。それがなんかボランティアサークルかなんかやってて、学びのセミナーをやっているけど来ないかというもので、おもしろそうだからついて行ったものだった。それが実は統一教会の勧誘で、それから三か月くらいは統一教会のセミナーに参加していたような記憶がある。


 ①当時の私はかなり内面が荒れ狂っていた。
 その当時祖父が死んで、その死に凄まじいショックを受けていた。
 人はいずれ必ず死ぬ。老いるし衰える、忘れる、努力は無に帰す。なのに人はなぜ努力をするのか、なぜ人は生きるのか。その答えが出なくて毎日毎日がイライラしていた。努力は万能で、なんでも努力さえすればなんとかなるという価値観が強固にあった、人生20年かけて築いてきたそれが、その死によって倒壊した。言葉で言い表せばそういう感じだろうか。とにかく片っ端から本を読んだし、読んでは無意味だと思って読むのをやめた。
 だとしても何かしなければならない、それはわかっているが、しかしじゃあその先に一体何があるかというのが答えにならなかった。だからとにかく闇雲に大学の授業を受け続けていた気がする。


 ・統一教会のセミナーは初級中級上級とあって、三か月程度だからまあ多分初級の終わりくらいまでやったと思う。まさに今テレビで言われているような文鮮明の話を聞いたし、そこで初めてその名前を知った。まあいってみれば授業だったし教団的な内容は薄かったから、そこそこマジメにやっていた。何をやっていたかはかなり忘れているが。



 最終的には、統一教会とはけんか別れになったという記憶がある。
 何が決定打になったかっていろいろあるが、「人は死んでも霊魂は存在する、そしていつかまた死んだ人とも会える」とかなんとかいう話を聞いて吹き出しそうになったものだった。
 「なら証拠だして見ろや」と言いたくなったし、それがきっかけでなんというか舐めた態度を取るようになった。もう出なくてもいいわとある時思った。
 すると向こうさんもイライラしたようで、
 「いやこの世界はそういう風になってるからね!」


 いやそういうんなら証拠だして見ろよという私と、この世界はそういう風になっているんだ!と無理やり詰め込む派が対立しているんだから、もう溝が埋まるはずなどない。
 多分これは受験勉強で詰め込み教育をされてそのまま受け入れるような人だとけっこうあっさりそっち側にハマるんじゃないかと思う。詰め込み教育と「信仰」というのはどうもかなり相性がいいようだし、向こうさんはそれを知ってて言っているかのような印象を覚えたのを覚えている。「信じるものは救われる」というが、信じるその前提としてあるのは暗記であり詰め込み教育なんじゃないかと思うのだ。そういう意味では、ムダに活発で活動的だった私にとって統一教会は非常に相性が悪い意味でよかった気がするし、祖父の死で人生と死の意味について延々考えてきたが、自分の知らないところで間接的に、その死によって守られていたのかもしれないということは今になって思う。

 逆に祖父が死んでいなかったとすれば、そこまでの耐性なくどっぷり統一教会にはまっていたのかもしれない。


 ②大学生活ってのはけっこう難しくて、バイトなり学部生なりサークルなりでそれなりの人間関係を作れるような人は普通にそれなりの生活をおくれると思うが、そうでない人というのはけっこう意外といっぱいいたのを覚えている。それこそ食堂のすみっこで常に一人で食事している人は意外といて、多分合わせると20~30人は常時いたんじゃないだろうか。なんとなく覚えてはいるが、私は特に何かをしたわけでもなかったが。そうして大学生活と折り合いがつかず、常に孤独で精神を病み、やめていく大学生はかなりの数になるんじゃないかと思うし、そういう意味では地元の大学に進学するというのはかなり理に適っていることだと思う。大学もそういう人のことまで気にかけてくれはしない。



 ところが気にかけてくれる人がいるのだ。それが統一教会である。当時大学の食堂に頻出して次々に話しかけていたのがその統一教会だった。その人の顔を知っているからまあわかることなのだが。


 これに関して岡田斗司夫さんがどっかで言っていたが、大学に入ったはいいもののなじめず、友達もできず、暗いままずっと過ごす人だったのが統一教会に入ってから知人ができて友人ができてやるべきことができて、すっかり変わった人がいると。それは確かに統一教会に入っているという社会悪かもしれないけど、彼個人としてはどうなのかと思えば、まあ救われているんじゃないか。だって現に友達もできているし楽しそうに過ごしているんだから。だから特に何もやれることがないなあ。
 というような話をしていたのをつい最近見かけたのだが。


 確かにそれはあるなと。
 統一教会は確かに大きな目線で見れば悪だけど、でも大学は何もできないししない。そういう言ってみれば見捨てられた人たちなわけで、そういう人たちが統一教会に入って友達ができて救われる、そういうことがあるんだとすれば、それは決して悪いことではないんじゃないかと思うのだ。最悪なのは、大学入って孤独で精神を病み、出席もできなくなってやめていく(恐らくこれはかなり多い)。その最悪ではないと。まあ統一教会に入って大学はやめるかもしれないけど(実際それはけっこう社会問題になってますが)、でも知人友人に囲まれて活発に生きられてやりがいをもって人生を過ごせるのだとすれば、その最悪よりはもしかしたらマシなのかもしれないと思うのだ。大学に通っている人の90%は何もなく普通に入って卒業していく。しかしその残りの10%はどうなのかと考えたら、統一教会という選択肢こそは最悪となかなか言えない。そういう立ち位置なのが大学だったなと。


 ・で、ここで何が言いたいかっていえば、そういう隙間を見つけてするりと入っていくのが非常にうまい、見事なまでにその技術に長けた人たちが統一教会だなと思う。調べるほどアメリカや北朝鮮、大学、そうした隙間にするりと入り込んできて、そして関所のようになって通行税をむしり取っていく感がある。
 まあここであまり広げてもあれなんであくまで自分目線からですけど、大学に馴染めない人たちがけっこういたなあというのを見てきているので、そこに手を差し伸べる方向性を持っている人たちがいたと考えると、そうそう一概に悪くは言えないなあということを思います。


 なんか統一教会かばっているかのような文章になってますが(笑)、でもまあ私はケンカしましたんで(笑)、今後もう二度と関わることはないと思います。








この記事へのコメント

  • ココ

    昔ヘルパー時代に、老夫婦のお宅に訪問してたんですが、奥様が亡くなられ事業所の長がお葬式に行こうとして日程を伺ったら丁重に断られました。


    後から聞いたらそこは統一教会のご夫婦でした。
    80代で小学生の子がいて
    うちの娘ですと言って育ててたり、ご主人が親方で自営なのに、やけに貧しい暮らしだったり
    謎が多かったです。
    とてもいい方達で、優しすぎる感じでした。
    思い出してこちらに書いちゅいました。
    2022年08月04日 04:35
  • きんた

    教会員、個々人としては非常にいい人が多いと思います。ただ大きな目線でみるとその優しさがあるがために搾取したりされたりの原因になっているというか。合宿中、大学生で他人のメシを無料で作りまくってる人とかいましたが、あれなんかも搾取の一例だと今では思います。

    > ココさん
    >
    > 昔ヘルパー時代に、老夫婦のお宅に訪問してたんですが、奥様が亡くなられ事業所の長がお葬式に行こうとして日程を伺ったら丁重に断られました。
    >
    >
    > 後から聞いたらそこは統一教会のご夫婦でした。
    > 80代で小学生の子がいて
    > うちの娘ですと言って育ててたり、ご主人が親方で自営なのに、やけに貧しい暮らしだったり
    > 謎が多かったです。
    > とてもいい方達で、優しすぎる感じでした。
    > 思い出してこちらに書いちゅいました。
    2022年08月21日 23:39
  • きんた

    優しすぎる……その面こそが何かの特徴な気はしますね。ちょっとこれはすぎるなっていう違和感とか気付きは、けっこう重要だったりするんじゃないのかなあと思います。

    > ココさん
    >
    > 昔ヘルパー時代に、老夫婦のお宅に訪問してたんですが、奥様が亡くなられ事業所の長がお葬式に行こうとして日程を伺ったら丁重に断られました。
    >
    >
    > 後から聞いたらそこは統一教会のご夫婦でした。
    > 80代で小学生の子がいて
    > うちの娘ですと言って育ててたり、ご主人が親方で自営なのに、やけに貧しい暮らしだったり
    > 謎が多かったです。
    > とてもいい方達で、優しすぎる感じでした。
    > 思い出してこちらに書いちゅいました。
    2022年08月21日 23:41
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