頭の良さと悪さ






 最近2chネタがyoutubeのオススメによく上がってくるのでいろいろ見ているが、それを通して頭の良さと悪さ、卑怯と愚鈍というのは紙一重だなというのを思ったりしている。


 ・ロシアはウクライナの小麦から何から奪っているが、奪ったものというのはそのまま自分のものとなる。ウクライナの家庭にある電子家電などを戦利品としてもって帰れば自分のものになり、そのまま使える。つまり、「盗む」ということは根本にまで立ち返れば意外と合理的な思考によって導かれるものであって、天才的な思考というものを突き詰めると意外とこの思考に非常に近いところをなぞることになる。


 もちろん、大局的に見ればこれは社会的な損失に繋がる。一生懸命農業をして育てたものが、収穫ゼロで何もかもなくなり、しかもその収益を他人がものにするわけだから、今後やる気力が根こそぎ奪われる。そして来年以降もう育てませんとなると、その社会的な損失は計り知れないのだが、ここにあるとてつもない損失と何もしないで人のものを売りさばいて儲けたといううまみとはセットになっている。で、頭の良さというのはこういうものを意外なほどなぞるんだなあと。みんな似たような流れを辿るが、その根本を考えると意外と頭は良い。最も楽をしながらかつ最も大きな利益を得るためにはどうしたらいいか。それを突き詰めるとここに出るんだなあと思うのだ。


 ・とはいえそれでは社会は回らない。あいつもこいつも盗るかもしれないと思えば他人を信じることはできず、社会生活は営めない。まじめにモノを作っても、それが収穫前に奪われるというのでは、まじめにやることがバカらしくもなる。ではそういう社会になってはならない、と考えると我々は道徳というものを考え出さなくてはならなかったのではないか。人の痛みを考え、盗むことが人にどれだけ苦しみと怒りを与えるか。そうなると道徳を編み出すことが必然となるわけだが。
 しかし道徳というのはある意味では奇妙な道でもある。人のもともとの性質に従えば、人のものを取ることはなんと効率がいいことだろうか。何しろ盗りさえすれば、労せずして収穫を丸々ゲットでいるのだから。それをしない、することを選ばない、となると、人としては素晴らしい。その代わり、そういう直感的な資質というものを殺さなくてはならなかった。その意味では、人が社会的に生きるということは、愚鈍の体得ということをある程度許容するものだったに違いない。



 そういうわけで今日は人の頭の良さ→卑怯→愚鈍→人の好さ=頭の悪さ……というようなことをぐるぐる回していた。何か出そうだが今一つうまいものが出てこない。










この記事へのコメント

  • ココ

    相手に気付かれないように盗めたら、被害者なしで大成功なんでしょうけどなかなかうまくいかないですよね(о´∀`о)
    2022年07月13日 08:05
  • きんた

    まあ〜盗むことはろくな結果になりませんよ。盗むということを最大までうまくいかせようと思ったら、ロシアみたいに追い出すか殺害するか。そういう形になると思います。やるべきじゃないですね。

    > ココさん
    >
    > 相手に気付かれないように盗めたら、被害者なしで大成功なんでしょうけどなかなかうまくいかないですよね(о´∀`о)
    2022年07月13日 21:14
にほんブログ村 ゲームブログ ゲーム評論・レビューへ
にほんブログ村

パソコンランキング