野球について最近思うこと






 野球を見ることが最近増えた。それも結果を見るのは大した効果がなくて、リアルタイムでなんとなくみているといろいろと浮かぶことが増えたなと。最近やっていることについてなかなか考えがまとまらないと思っていたので、何とかうまい方法はないかなと思っていたところがまさかの野球がぴたりと当てはまっている感があるので、自分でも驚いているところ。とはいえまあ野球の素人が自分の考えをまとめるために使っている感じがあるので、野球の専門家からすればそれは違うとか、的外れということも多々あるかもしれない。というよりおそらくは的外れだろうが、的外れであろうとなかろうと自分にとっては役に立ちつつあるのだから、そんなことはもはやどうでもいいと思っている。


 ・戦いと一口に言っても4種類ある。
 ①勝つための戦い
 ②勝たないための戦い
 ③負けないための戦い
 ④負けるための戦い
 一般的には負けない戦い=勝つための戦いと言われるが、実際にはそんなことはなくそういう見方をするということはかなり雑なものの見方であるといっていい。負けない=勝てるわけではなく、そんなにムシのいい話はない。勝つための攻撃的な姿勢というのはどこかで犠牲を覚悟しなければならないし、負けないための戦いというのは被害を極限化しなくてはならない意味では勝たないことをどこかで決めなければならない。その意味では、①≒③と言われはするが、実際には①を目指せば④をどこかで覚悟せねばならず、③を目指せば②は諦める必要が出てくる。そういうものをじゃあどのタイミングで取捨選択するかに手腕というものが問われるのだろう。 


 ・最近見ながら思ったことは、満塁という場面は極めて危険だということだ。
 満塁というのはいかにも攻め側が有利で守備側が圧倒的に不利な場面という感じがするが、実際には果たしてどうだろうかと考えると、実際には攻め側の方が不利というのは奇妙な言い方ではあるが、しかしこれだけのチャンスを前にするというのは意外なほど危ういものだということを思った。それもノーアウト満塁という場面は極めて危うく、1アウト増えたところでまだツーアウトの余裕がある、ツーアウトでもまだ1アウト分はいける、などと思っているうちに3アウトチェンジになる。そうなると、ノーアウト満塁というあれだけのチャンスの場面を活かせなかったのかということになると、意気消沈は甚だしく、苛立ちも募るということになる。逆に守備側からすれば、あれだけのピンチの場面をしのいだ、しかも相手の勢いを挫いたということになると「災い転じて福を為す」といったところのものとなり、一気に盛り上がることになる。それを考えると、勝つべき場面で勝てないということは相手を勝たせることに直結し、または負けを引き込むことに繋がりかねない。そういう意味では満塁という場面は敵味方共に避けたい場面なんじゃないだろうかと。


 ・ということになると、満塁という場面はどのように攻めるべきか。
 ここはもう勝つための戦いをするしかなく、ここでホームランでも②ベースヒットでもなんでもいいからとにかく点を取ると。つまり言い換えればこここそがまさに勝つための戦いをするべき場面であり、1点でも2点でもとにかく稼ぐ。それによって勝ちを決める。攻めの場面であり、その攻めの姿勢というのはここで点を取れなければ負けもあり得るという意味では負けも覚悟しなければならない場面であると言える。ここでダメなら負けも覚悟する、そういう姿勢こそが攻めの姿勢の本質であり、逆にここで負けないための戦い、なんてやっていたら勝てるものも勝てなくなってしまいかねない。
 守備側は逆にこここそが負けないための戦いのための本領発揮であり、ここで負けさえしなければ相手は機先を挫かれて自滅してくれるかもしれない。そういう場面であり、負けないための戦いの本質が試されるべき場面だと言える。それはつまり、負けないということは勝たないことを意識してはいるが、これの結果として相手が意気消沈してくれるとすれば労せずして活路は開けるという場面であり、この時始めて負けないための戦いによって勝ちを得ることができるといえるだろう。


 ・などということを最近ビール見ながら野球見て考えていたが、これで野球に勝てるか勝てないか、といったことはもうまったくどうでもよく、恐らく一生野球はしないと思っているので、これが今やっていることに直結して役に立ってくれたら今後も野球見るんだろうなあ、とか思っているところ。







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