義勇軍の話






 ウクライナから義勇軍に入りませんか的なのを出しているっていうのが今日のちょっとした話題になっていた。いまちょっとやりたいことがあるんで行かないけど、でもこれ本当にいかないのもったいないような気がするんだよなあと思って結構長いこと迷った。当然一命を掛けて行くわけだけど、元軍隊だとかこういう情報を知れる環境、このタイミング。このすべてが何か行けるチャンスを最大限に活用した方がいいような、そういう気にさせる。まあとは言っても、オレが行ったところで正直全然役には立たないような気もするけど(笑)


 ・こういうのに惹かれるのはいろいろ理由がある。
 義勇軍という響きがいいってのもありますが(笑)


 昔オレが尊敬していたジャーナリストに橋田信介さんという人がいて、20前後の頃は本当にかなり影響を受けていた気がする。イラクで戦死したけど。多分その人だったらこういうチャンスがありますとなって、自分にその資格があるとなれば「いきますいきます!」とどんな手を使ってでも喜んで行ったに違いない。そういうわけで、10代20代前半くらいまでだったら多分この話に飛びついていたと思う。死ぬリスクを負わないといけないわけだけど、それすらもよしと。多分オレ死なないからと思って行っていたような気がする。だからこういう機会を逃すってのは残念な気がする。
 オレも年を取ったかという(笑)


 ・それともうひとつ思っていることは日本人らしさということで。多分日本人でわざわざ戦場に行くようなやつあんまりいないんだろうなあと思う。それは日本人が賢くなったということだろうし、第一わざわざ戦地に行く理由がない。そこを敢えて行くっていうのは、心底バカじゃねえかと言われても仕方ないくらいバカだと思う。


 しかし同時にこう思うのだ。オレの勝手な思い込みが半分以上入っているけど、昔の日本人ならば圧倒的強者であるロシアが小国であるウクライナ(と言ってもかなり大きいが)を攻め込んでいる状況を見て恐らくはムダに怒りの炎を燃やして「許せん!」とウクライナに肩入れしたんじゃないだろうか。アメリカがどう、ロシアがどうで日本の状況がどう。そういう計算とか配慮も大切だけど、ものすごくシンプルに、圧倒的強者が弱いものをイジメることが許せないと。つまりまあ浦島太郎の世界ですな(笑)そういう世界観というか動機で動くんじゃないだろうか。で、そういう心というのはたくさんの人の心を動かしてきたんじゃないだろうか。日露戦争に勝ったのっていうのは、「あの島国が」という感じもあるが、そもそも大国に挑もうというその心根というか、そういうよくわからん根性に「おいおい、すげえことするなあ……」みたいなのがあったんじゃないだろうか。そういう日本人の心とか根性っていうのは、言葉を越えて、他の国の人と深い絆を作って来たんじゃないだろうか。


 もしも日本とウクライナの未来に関係するような出来事があるとすればそういう根性めいたものだと思うし、そういうことの積み重ね、つまりは財産があることが今の日本を遠い昔から支えてくれているんじゃないだろうか。トルコのエルトゥールル号の話とかは多分そういう感じの話だと思うんだよなあ。


 確かに日本人は賢くなった。それはいいことなんだけど、もしもそういう「財産」のために命を掛けられるとすれば、そういうことのために死んだとしても、悔いはないかもしれない。それは子孫のためでもあるし、両国にためでもある。いやそれに直接関係ないような国のためでもある。
 そしてそれは全然賢明ではない。むしろ愚かだといえる。しかしその愚かさにあるある種の迫力、それはもう本当に時代を越えるだけの力がある。多分自衛隊現役だったら(できることなら)志願していた。


 そういうわけで、まあー今やっていることにハマる前だったら多分応募してたと思うし、一区切りついてしまってあーもうやることねえなーと思っていたらやはり応募していた気がするが。まあー今回は見送ることにしようと思ったって話ですね。







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