ゲーム脳とリアル脳






 私なんぞはゲームにものすごく熱中するタイプなので、20時間とか熱中してできるのだが、今はそんなにハマるゲームがないこととおいおいほかにもっとやるべきことがあるだろというので全然やってない。じゃあゲームってのはムダなのか、意味があるのかと言えば私はものすごく意味がある派だと思っている。プログラミングなんかはかなりこっち系なので、全てを忘れてのめり込んで成果を出すということに関していつかはきっと効果が出てくるのではないかと思っている。思いついたことをコードをいじくることでリアルを変えていくということに関しては、まるでゲームがリアルに影響を及ぼす様にそっくりだなと思うこともある。とはいえまあまだまだ7年目なので素人の域でしかないのだが。


 なぜ現代がこうも行き詰っているのか、自分自身なぜ行き詰っている感から抜け出せないのかといえば、それを今になって分析してみるとリアル脳でなくてはならないと考えていた節がある。まだ真にリアル脳でないから、リアルというものをもっと正確に把握していないことが原因だと思っていた節があったが、ふと気づいたのは、この問題というのはリアル脳をいくら伸ばしたところで解決できる問題ではないということだった。自分にとっても強みのあるフィールドであるゲーム脳を活かすことで、現実に対する見方というものそのものを変えていく。つまりゲーム脳は役に立たないという見方自体がそもそも間違っていた。まあだからといってじゃあ今更eスポーツに参入しようとは思ってないのだが。


 重要なのは、確かにこの世界はリアルなんだからリアルで進んでいるんだけど、でも同時にゲーム感覚というものが大きく影響しているということ。例えばリアル脳であれば人が一人死ぬということをものすごく深刻に考えるんだけど、ゲーム脳であればそれはない。もっとドライに考えるし、そこから思うことを派生させる。例えばああ、労働力が1減ったんだなとかそういう感じ。そしてそういう風に思うということをもっと深化させていかなければ勝ち目はない。そこに思い至るのがまあ大分遅かったかなと。そこに気づいてさえいれば大分違っていたろうと思う。


 これを思ったのは、去年実家の方で柚子が売れたんだと。合わせて5000円程度で、もったいないから収穫した方がいいと常々思っていたのだが、いざ売れた、売り上げが出たと思ってみてみたら5000円。これをどう思うか。すごいねえ、じゃあこれを20倍くらいの規模にしたら10万円か、となればそこそこの価値にはなるだろうけど、その時思ったのはこれはいくらやっても埒があかないと。こういうことに拘泥していては開けるだろう可能性も開かれない。もっとやるべきことが他にあったんだなということを初めて思った。もちろんいつかは現実の方で役に立つということを見て行かなくてはならないし、その柚子も廃棄されるだけのものが人の役に立ったということは素晴らしいことではあるだろうが、しかしそれはまだまだまだ先でいい。優先順位が圧倒的に間違っていた、本当にやるべきだったのはこれじゃあなかったんだなあということを改めて思ったという話。





この記事へのコメント

にほんブログ村 ゲームブログ ゲーム評論・レビューへ
にほんブログ村