金と欲望とレベルアップ






 なんか久々にお勉強関連から離れて書いている気もするが、しかし昨日の物理は物理と言いつつ中身は全然別物だったからなあ、と思ったり。


 ・人には欲望ってのがある。それはどれくらい強いのか、といわれればまあ人それぞれでしょう、ということになる。しかしそうしてじゃあ欲望に関して希薄ということと執着が強いということとを考えていくと、結果としては真逆な現象に行き着くことがある。それを経験的になんとなく知っている気がする。例えば欲望が強いとする。そうなるとできる限り欲望を満たさないと気が済まなくなる。そうなると、ものすごく細かいことまでこだわるようになるし、逆に言えば細かいことにこだわらないようであれば欲望の強さとしてはまあボチボチだなといえるのではないか。例えば物欲が強いことを自認しながらも、家計簿をつけて千円や百円単位でズレが生じる……というような甘さがある。そして計画通りに話が進まないことが多々起こっている、なのにそれを見直さないとすれば、それはそのレベルなんだなということになる。真に強い欲望というのはそういうレベルでさえも齟齬のないようになんとかやりくりしたりしているものだ。まして計画に狂いが生じているのであればなおさらである。直さないようなら、つまりめんどくさいに欲望が負けている。欲望の強さはその程度だということだ。


 一方、物欲とか欲望そのものが薄い人というのも中にはいる。そういう人はそもそも家計簿を作らなくても何ら問題はない。そして当然それにまつわる細かい計算などはしないし、その結果そういう計算能力が身に付くこと自体を「卑しいものだ」とみなしていたりする。ところが、いざ物欲や金銭的な意味で困ってみると、そういう人は致命的なほどそっちの感覚に疎かったりする。それまで全く計算してこなかったのだから磨かれてなくて当然なのだが、自分はそういうちまちました計算はしない、ということを豪胆とはき違えてきてプライドを持っていたりする、だから計算すれば一瞬でわかる計算ミスにとうとう気づけない。それどころか計算がそもそもできないということがあったりする。これがどういう結果を招くかといえば、じゃあもしもの時に備えて多めに余分を用意しておけば安心だろう、となる。つまり「直径が5倍あるようなバットを持てばヒットは当たりやすいし、もしかするとその中からホームランが生まれるかもしれない」というような話である(もちろんそんな馬鹿なことはないのだが)。その結果何が起こるかと言えば、とんでもなく強欲になる。正確に言えば欲望はないのだが、その欲望のなさがとんでもない強欲にいきなり直結する。

 一方、それなりに欲望がきちんとある人はその欲望に振り回される、だから自衛策を考えざるを得ない、その結果財布との相談で家計簿的な能力を身につけることができていたりする。これが一体何に基づくものかは難しいんだけど、欲望というものに振り回される、そしてそれに耐えるということが確実に人のレベルを上げるのに一役買っているということだと言えるのではないかと思う。欲望に振り回される人は、足し算引き算かけ算割り算と余計な回数やって家計簿能力的なものまで磨くことになる。それも計画性のうちできちんと収めることのできるようになるまで磨かれることになる。そうでない人は困らない。当然算数もしないし、家計簿なんて一生触れないことになる。触れても必要性に薄いから飽きる。
 そうなるとレベルが上がらない。レベルが上がらないってことは、スライムやおおがらす相手ならともかく、魔法使いとかキャタピラー、バウンドドッグやあばれざる(ドラクエ3です)相手になるともう会心の一撃を繰り出さないと勝てないことになる。レベル1でも勝てる方法と言えば会心の一撃、だからもう気が抜けないし、本気で戦わざるを得ない。このレベルの低い人による「会心の一撃」出てくれーという祈りの状態、これこそが普通の人が陥る「強欲」というものの本質ではないかと思う。
 そしてこの勝ち方は決して褒められた勝ち方ではないと。普通にやって普通に勝てるというその妥当さによる勝利に比べてこれは大きく運頼みであり、神頼みな勝利であると。会心の一撃頼みでいくってことが、もしもそれで勝てたにせよいい影響をその後与えるようなものではない。むしろそれによって味をしめることが新たなる敗北であり、破滅に向かわせるような性質があるといえる。下手に勝たずに負けていれば良かったろうものを、下手に勝ってしまうためにますますたちの悪い結果をもたらしてしまうのだ。悪循環にかなり近いものだといえる。


 ここらへん興味あるので、また思いついたら書きます。






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