勉強法について2






 ということで前回攻略・理解・発展ということで話をしたし、こういう区分自体は別にどーでもいいという話もした。が、実際にはこの三つの意義というのはとんでもなくでかいという話をしたい。


 ・我々が大人になっても受験生であってもかわらないのは、理解ということだしその理解という点においては受験生の方がもしかしたら上かもしれない。〇〇とはなんですか、といわれれば下手しなくても受験生の15とか18歳の子どもの方がよく暗記できているということは多々ある、それにそもそも勉強するってことは理解することだし、理解してかみ砕いて覚えるってことだと言える。理解をすることに関する態度ってのは要するに大人も子どももそんなに変わらないってことだし、まあ勉強の中心に来るよねという話でもある。
 そうなると、全く異なるのは、攻略と発展の点に関してということになる。


 ・いくら勉強してもテストを攻略できなければ意味がない。0点は0点のままである。これは確かなことだ。そういう意味での、理解を攻略に変えるということ、そこにある態度の甘さというのは10代には多く見受けられるように思うし、逆に大人になるってことは「点取ってナンボだ」ということでドライに攻略に向かうことにあるともいえる。理解を元にしていかに詰めるか。いかに詰めていき、ミスを次こそは点へとできるか。そこに大人な態度がある。それはある意味では現金な態度だし、あんなにがんばったのに0点かよ、ということにそこまで感情を入れない、こだわらないということにあるともいえる。

 逆に、子供にはそこは薄いし甘い。いやそれどころか、逆に勉強をみっちりとして理解を徹底的に推し進めてきた場合、そうしたマジメさこそが理解にこだわらせて人を進めなくさせる。いわば理解万能主義が人を先に進ませないのだ。そういう意味での、理解の深さがかえって足を引っ張る現象というのはかなりある。なぜこんなに勉強しているのに点に結びつかないのだ、という場合、それは大いなるヒントが与えられれていると言っても過言ではない。もう理解中心主義はやめろと。点を取れてナンボだから、そっちに切り替えろというある意味での天の啓示なのだ。勉強するんじゃない、点を取るんだ、点を取ってナンボなんだというそういう閃きが人を後押しする。人が一皮剝ける場合というのは大体そういう場合だと言える。
 だから、テストで挫折するということは基本的にはいいことなのだ。


 ・圧倒的に大人にあって子どもにないものは、発展だと個人的には思う。理解から攻略へ、という流れはある意味では誰にでもある。子どもだって挫折から、あるいは勉強経験からああ点取れないと意味がないなとか、あれだけ勉強したのに点数に結びつかなかったなということはあるものだ。そこには攻略へのヒントが潜んでいる。
 しかしこの発展……つまり、余計なものの多さというのは子どもにはマネができないものだ。例えばニュースを見聞きして広い見分を得ている・あるいはそもそも社会経験として仕事をこなしている。そういう視点からくる理解の深さ、理解への一助がある。これは子どもにはマネできない圧倒的なアドバンテージだといえる。
 そういうものにとどまらず、これは何でもいい。例えばジブリのDVD見てヨーロッパに対する理解を深めていたとか、趣味で見ている仮面ライダーのなんとかが勉強の理解に使えるなら使うとか、あるいはゲームで信長の野望やっていたから日本史は得意だとか、ジャンクであり余計な情報の山が宝の山に化ける場合というのはあるものだ。そういうものをうまく活用できる。あるいは活用できるほど豊富な余計な知識がある。これというのは大人の長所であり、武器であり、子どもには背伸びしてもそうなかなか得られないものだと言える。


 ほかにも部活なんてのはいい知識源だったりする。
 例えば先日物理をしていた時にあったのが、「なぜ管楽器は温まると音が高くなるのか?」というもので(実は物理壊滅的に苦手である)。
 まあ実際に体験したことないし、動画も上がってないのでよくわからんのだけど(笑)、まあそういう現象があると。これを実際に体験していれば、それは物理を理解する上で「ああ、あれか」となって物理を得意になるというきっかけには大いになるだろう。逆になければこの話自体全く何の役にも立たないし、立てられない。


 ・まあその他にも山ほど要因はある。
 ただふと思い出すと、みんな点数が思ったよりも伸びなくて苦労したり悩んでいたりしたなあと思うが、その原因として多々あるのが勉強=理解という錯覚だったのではないかとふと思ったという話だ。がんばる、すなわちがんばって勉強する、そうすれば点数が伸びる……というのは実はかなりの部分誤解で、最後の一押しは勉強ではない。それどころかその意味での勉強はかなり強烈に足を引っ張る場合がある。最後まで点数が伸びなくて悩んでいた……なんて場合の原因が勉強「病」だったりすると目も当てられない。そういう例が少しでも減ればいいと思う。勉強んて現実をより良く過ごすための一手段でしかないのだから。




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