新戦国策秦5-10、蒙傲(もうごう)が范雎(はんしょ)と秦王の間に亀裂を入れる話





 ということで、前回は范雎(はんしょ)が白起を干すという話でした。これ以上手柄を立てさせると「じゃあどうして范雎が宰相なんだ?」という話になりかねない。失脚を恐れれば、先手を打ってこれ以上白起に手柄を立てさせないというのも大切であると。いかにも戦国策らしい話でしたね。


 應公(おうこう、范雎)は韓の汝南(じょなん)の土地を取ったが取り返された。
 昭王は應公に言った。
 「貴公は国を失ったが、これを憂えるか」
 應公は言った。
 「憂えません」
 「なぜだ」
 「梁の人に東門呉(とうもんご)という者がおりました。その子が死にましたが、憂えることがなかったそうです。そこでその相室(しょうしつ、家臣の長)が聞きました。
 『貴公が子を愛するのは天下に他に例がないほどのものです。今子どもが死んで憂えないのはなぜでしょうか』

 東門呉は言いました。
 『私はかつて子どもがいなかった。子どもがいない時に憂えたことはなかった。今子どもが死んだが、それはすなわち子どもがいない時に戻ったのと同じことだ』と言いました。


 (こうして考えると)この臣がどうして憂えることがありましょうか。この臣もまたかつては居候だったものです。居候だった時に憂えることはありませんでした。今汝南を失いましたが、それは魏で私がかつて居候をやっていた時のようなものです。どうして憂えることがありましょうか

 秦王はそうではないと言って、蒙傲(もうごう、秦の名将となる蒙恬(もうかつ)の祖父にあたる)を呼んで告げた。
 「今や私は一城囲まれただけでも、物を食べて美味いと思うことがない。寝ても快適でない。今應公が土地を失っても憂えずと言っているが、あれは本心であろうか」
 蒙傲は言った。
 「では私がその心をうかがって参りましょう」

 蒙傲は應公のところへ行って謁見して言った。
 「私は死のうと思います」  
 「何をおっしゃるのか」
 「秦王が貴公を師とあおぐことは、天下で他に聞くことのないようなものです。まして秦国内で他に聞くことはありません。今私は幸いなことに秦王のために将軍となって兵を率いることができました。思いますに、韓は小国であり、明らかに秦王の命令に逆らって貴公の土地を奪っていっております。私はこれ以上どうして生きましょう。死をもって奪還致しましょう」


 應公は蒙傲に拝礼して言った。
 「これを貴公に一任致しましょう」
 蒙傲はこれを帰って秦王に告げた。
 この後、應公が韓のことを言っても王は聞くことがなかった。汝南に対してしたことを思えばである。


 ・これはつまり一命を掛けて蒙傲(もうごう)が汝南(じょなん)を奪還すると言った、その心と應公である范雎の心が比較されているわけですね。そして蒙傲は王に対して要するに應公の内心は自分以下ですと言った。それをもって秦王はもう任せようとは思わなかったという話になります。
 范雎の内心はわかりませんが、少なくとも何も考えていなかったわけではないとは思います(が、まあこの文章からはわかりません)。しかし問題は、切れ者である范雎は秦王の気持ちを満足させられていなかったし、それをわかっていなかったということでしょう。こういってはなんですが、そこに蒙傲(もうごう)が入り込んだ。そしてそこから亀裂が入ったわけです。これによって王は范雎の対韓政策に疑問を持った。そしてもう韓のことに関しては聞き入れようとはしなかった。初めて秦王と范雎との関係に亀裂を入れた。
 そこに思い至らなかった范雎の甘さを見るべきでしょう。


 ・もしも范雎に奇策とか解決策の類、それも蒙傲以上に素晴らしい策があったならば、任せたりはしなかったでしょう。「まあ待ちなさい。考えがあるから」と言って引き留めるなりしたと考えるのが妥当でしょう。ところがその決死の覚悟の前に任せてしまった。范雎のあるかないかわからない「策」は蒙傲の覚悟以下だということがわかります。これで范雎は負けてしまったわけです。
 まあ、そこまで仲が良かったかどうかはわかりませんし、「そう思うなら突撃したら?」という程度の気持ちだったかもしれません。つまり、蒙傲はその関係から妥当な帰結を引き出した可能性もあります。そうなると、別にどうでもよかった蒙傲という相手に対するぞんざいな答えから、范雎は尻尾を出してしまった可能性があります。
 つまり、本質的な問題としての解決策があったかなかったかではなく、その関係性からとりあえず妥当だろうという答えを出した、それをもって秦王に秤にかけられてしまい、そして負けたという可能性もあります。つまりは逆で、范雎の妥当であり常識人であり、その場で最もいい(つまり范雎が最も妥当に出すだろう)答えをもって負けに持ち込まれたという可能性も大いにあります。「柔よく剛を制す」と言いますかね。


 ・そしてこういう勝ち方もある、というのが重要ではないかなと思います。





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