死と向き合う その3




 内容暗いんで音楽くっつけときます(笑)
 スピッツ/惑星のかけら


 やめるやめると言いながらその3まで来てしまったが、まあボチボチやめる。
 これを説明することは非常に難しく難解で、自分でも完全に把握しきったとは言えないのだが、この死についてどうもこの自分という存在と無縁であるという気がしないのだ。それどころか、最も死に近いと思い込んでいたオレがいまだに生きていることに驚きを感じていたりする。そもそもどっかでは責任とって自殺しようとしていたら、なぜかその日に起きた「奇蹟」で助かったということもあった。かと思えば、今や一度刺されて苦境に立たされれば急に意気盛んになって蜂を討伐しようとしている。自分ではその気はないが、自分の中にいるもう一人の自分は明らかに死に急いでいるな、という風に感じてきた。
 この焦燥感、一体どこからきているかといえば、20年前に起きたとある出来事をきっかけにしているというのは思っていた。それをどういえばいいのかはわからないが、それはドミノの始まりだった。勝手に倒れていくドミノがあり、ところがそれを食い止めようとする……そうすべきオレは、なぜかそのドミノを倒しているのだ。そして日々刻々と倒れていくドミノがあり、それを食い止めようと身を呈してドミノを崩すのだが、ところがドミノはその倒した反動で揺れて、また倒れ始める。そうした悪循環と、焦燥。それを20年もやっているのだが、しかしなぜオレがこれをやっていて、なぜオレはこれをせねばならないかがわからず、そしてなぜかオレはそれを止めなくてはならないのだ。そうした焦燥とドミノの果てにあるのが「死」というものだった。少なくともオレの何かはそれをオレに常に告げていたように思う。止めなければならない、それも一刻も早く止めなくてはならない、それを食い止めるためならば死すらも厭わない……そう、常に最前線にいたのはオレだったはずだ。誰よりも早く死ななくてはならないはず。そういう場所にいたはず。
 でも、なぜそうなのかはわからない。


 ところが気づいてみるとオレは死んでいない。それどころか、この人は長生きするだろうな、いやそうとすらも思ってもいなかった人が、まさか……そういう意味で、恐らくオレの受けている印象はかなり異質だった。世の中わからんもんだ、といえばそれっぽく収まるだろうか。オレの印象では、「死」は間違いなくすぐそばに来ていた。ところが、オレの引き受けるべきだった死をオレが引き受けていない。ということは死神はオレを狙っていなかったかのような…… いや、間違いなく鎌はオレに向けられたものだっただろう。
 ところが、振りかぶられた鎌は、なぜかオレに当たらなくて……オレはそういう風に感じていた。本来それはオレの受けるべきものではなかったろうか……これがオカルトなのか、単なる一印象なのか。それは絶対に違うものだと言い切れない。
 判断がつかない。
 半分以上はオカルトのような気もしないでもないのだけれど。


 もちろん死ぬ気はないし、自殺をする気もない。ただ今は最前線で働くのが好きなだけだし、そこでしか得られないスリルを愛していると言っても過言ではないかもしれない。例えば今作っているハチを全自動で退治する装置、これが開発すれば日本中、いや世界中どこにいても100%安心でハチを全匹退治することができるものだ。これだけじゃないが、最先端で通用する素晴らしいものを作るためにはオレ自身が常に最前線に立たなくてはならない。最先端に立っている自覚と矜持、そしてその経験がなくてはならないことはある。そしてそれを作るために必要とあれば「命」を引き換えにそこに置かなくてはならない時もある、ならばそこに命を置くというだけの話だ。命を賭けるヤツがいるがために技術が進むのであれば、喜んでそれをしようというだけだ。






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