新戦国策秦5-3、前半、再度范雎(はんしょ)が秦王に話をするという話






 ということで前回までは長かったですが、范雎(はんしょ)が秦王に説いて、このままでは秦王は謀反を起こされて死にかねませんぞと。子孫が果たして王の子孫であるかはわかりませんぞと言われて、とうとう決断するという話でした。もしもそれを選んでいなかったならば、たくさんいた滅んだ王の一人で終わっただろうことは、可能性としては非常に高いと思います。


 ということですが、まだまだしばらく范雎の話は続きます。


 應侯(おうこう、范雎に土地が封じられたため)が昭王に言った。
 「王は恒思(こうし、土地名)の地に鎮守の森があるのをご存知ですか。恒思には残忍な少年がいました。森で博打をすることを請いて言いました。
 『我が森に勝ったならば、森は我に神力を3日貸したまえ。勝てなければ、森は我を苦しめよ』
 そうして左手は森のためにさい(サイコロ)を投じ、右手は自分のために投じました。少年は森に勝ちました。森はその神力を少年に3日貸しました。森は行ってこれを返すように求めました。しかし少年はとうとう返しませんでした。五日にして森は枯れ、七日で森は滅びました。


 今、国は王にとってのいわば根拠地です。その勢いは王にとってのいわば生命力です。これを人に貸してしまえば、大変危ういことになるでしょう。

 この臣はいまだかつて指が肘よりも大きく、肘が膝よりも大きい、というようなことは聞いたことがございません。そのようなことが起これば、すなわちその病は必ず甚だしいものとなるでしょう。
 百人でひょうたんを背負って帰るのは、一人で持って走ることの速さには及びません。百人が持てば、ひょうたんは(あちらこちらで引っ張られて)必ずや割けることでしょう。


 今秦は華陽君がこれを用い、穣公がこれを用い、太后がこれを用い、そして王もまたこれを用いておられます。ひょうたんが器として合わないものであるならば何も問題はありませんが、器として十分であれば、国は必ずや割けることでしょう。この臣はこのように聞いております。実が多くなる木は枝が割け、枝が割けたものはその幹が割ける、と」


 ・とりあえず前半です。

 ・なぜか再度范雎(はんしょ)が穣公を追放する前の話に戻っていますが(笑)恐らくは異説もある、ということなのかもしれません。まあ時系列をそこまで重視していない節もありますし、いかにして范雎が王を説得したか、その説得にいかに骨が折れたか、そのくらいこの問題がいかに厄介だったのか、解決にいかに時間と手間暇がかかったか、ということの表れと考える方が適切なのかもしれません。
 そして戦国策としてもここは重視して言っときたい話であると。


 ・ところでこれだけ理知的に、「理」を説く范雎ですが、白起が快進撃を続けていくと趙側から「これ以上白起将軍に手柄を立てさせるとあなたの地位が危うくなるのでは」と言われて、趙との盟約を進めてしまいます。
 つまり白起は将軍だったわけですが、あまりに功績が大きいので、これ以上の役職となると、范雎の付いている宰相位になると。白起が宰相になると、范雎は別に処刑はされないでしょうが、また復位を狙うとなれば非常に難しいこととなります。そのことの難しさと厄介さ加減をよくよく知っているがために、范雎はこれ以上の手柄を立てさせまいとして滅亡寸前の趙を助けるような真似をすることとなります。つまり、范雎は愚かではない。それどころかそれを知り抜いており、しっかりしている、だからこそ白起の進撃を止めなければならなくなった。そのバランス加減に卓越したことが、范雎にとって、秦にとっても大きなブレーキとなったということは重要でしょう。范雎は「しっかりしている」、でもそのことがアクセルとして働く場合だけがあるのではない。それがブレーキとしてとんでもない働きをしてしまうこともあるのだと。


 ・この昭襄王は自らを斉の桓公になぞらえている一幕もありました。つまりは管仲の優秀さ、それを発揮させるだけの言ってみればでくの坊でしかないわけですが、この昭襄王のそのたとえも自らをそれだけ発揮させられる優秀さがあるととるか、それとも卑下しているのかは微妙なところです。その役割を果たすことに努めた、とは言えるでしょう。


 ・ところで范雎は最近になって処刑されていた可能性があるということです。
 最後まで死んでいない、まして処刑されていない記述が多いわけですが、秦の法律は連座制で処刑が決まっていた、とはいえこの王が范雎を処刑するとはとても考えにくいと言えます。昭襄王が状況に流されやすい人ということもありますし、まして范雎は恩人だといっていい。白起に最期自決を命じたりしていますが、かといって范雎にも自決やあるいは処刑をしていたとはかなり考えにくいのではないでしょうか。
 「張禄は死んだ」ということにしておいて、実は范雎は生かした、とかそういうことも考えられるのではないかと思います。まあそういう例が他にあればもっと確信的なんですが、これだけいろいろあった范雎をいきなり人が変わって処刑するような果断にそもそも富んでいれば、悩んだりせずに一同をさっさと追放していたのではないでしょうか。



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