新戦国策秦下5-1、前半、范雎(はんしょ)が秦にやってくるという話






 ということで今回から秦も下になります。下としてはいますが、内容としても昭襄王の下であり、いかに昭襄王という王が重要であったかを示しているものかと思います。昭襄王は王としては一応55年程度やっていますが、果たしてどこらへんから上下を分けているのかも気になるところです。


 范氏は王稽(おうけい)の手引きで秦に入り、書を秦王に献じて言った。
 「この臣はこのように聞いております。
 明主が政治に臨む時には、功績がある者は賞せざるを得ず、能力のある者は官職に就けないわけにはいかず、功労多いものは禄を多くしないわけにはいかず、功績の多いものは爵位があり、よく人々を収めるものはその官位が大であると。
 それゆえ、能力のない者は職に当たることができず、能力のある者はその能力を隠さざるを得ないと。この臣の言うことをその通りだと思うのであれば、その通り行って道を開いてください。もしも行わないというのであれば、長くこの臣を留める理由はないでしょう。


 このような言葉があります。
 『人主は愛すべきところを賞して憎むところを罰する。
 明主はそうではなく、賞は必ず行動に加え、罰は必ず有罪の者に加える。
 今、この臣は罪を受けて処刑されるほどの価値もありません。どうして自分でも疑っていることを王に申し上げたり致しましょうか(確たることがあって申し上げているのであります)。
 この臣をもって卑しいと思って軽く扱われることになろうとも、この臣を信用して保証した者(つまり王稽のこと)は、後になって以前の推薦のことを大したものではなかったと言ってその責任を重く見られたりするものでしょうか。


 この臣はこのように聞いております。
 周に砥厄(しえき)、宋に結緑(けつりょく)、梁に懸黎(けんれい)、楚に和(かぼく)という宝玉がそれぞれありました」


 ・途中ですが長いので終わりました。
 范雎(はんしょ)が秦にやってくるくだりですね。
 この後一年は採用されなかったということなので、この書は送ったものの採用されなかったときのもののようです。


 ・人主と明主の違いについて語っていますが、これは面白いなと思いますね。
 人主は感情で愛し、感情で裁く。一方、明主は行動で賞し、有罪で裁くと。
 「愛する」という言葉がいかにもいい言葉のように今では使われていますが、古代ではそのニュアンスというのはかなり違っていたのかなと思わされます。いってみれば「偏愛」に近いようなものであり、いわゆる国を乱す根本という感じがします。






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