新戦国策秦4ー2、獻則(けんそく)が公孫消に太后にゴマすりしとけという話






 ということで前回は甘茂が秦に尽くしてきましたが、王が変わって追放されると。そして蘇代に尽力してもらって斉に行くことで生きていくことになるというお話でした。


 獻則(けんそく、獻は献の旧字)が公孫消(こうそんしょう)に言った。
 「貴公は大臣の中でも特に尊い者だと言える。しばしば戦争をしても功績がある。しかし宰相となれないその理由というのは、太后が貴公を気に入らないためだ。辛戎(しんじゅう、楚の王族の姓名。特にここでは羋戎(びじゅう)、即ち太后の弟のことを指している)は太后と仲が良い。今楚を逃げて東周にいるということだ。
 貴公は、どうして秦楚の厚い後ろ盾をもって彼を東周の宰相としないのだ。楚の方では周と厚い関係ができることを喜ぶだろう。これによって辛戎は秦と楚との厚い後ろ盾ができ、これによって太后は貴公の行いを必ずや喜ぶことだろう。これによって貴公が宰相となることは間違いない」


 ・かなり危うい話ですが、そもそもこの昭襄王の代というのは初期というのはかなり危ういものでした。
 先の羋戎(びじゅう)の話にもなりますが、この頃の秦というのは穣公である魏冄(ぎぜん)、それと宣太后(先々代の恵文王の側室である)、華陽君である羋戎の三人が「三貴」と呼ばれていました。これが三人で権力を持ち、秦には王はいてもいないようなものとなっていました。この話も王の事を差し置いて宣太后にいかに気に入られるかという話になっています。
 そしてその前段階の話ですね。
 詳しくは羋戎
 この人は楚で罪を犯して東周に逃げていたと。その後、姉である宣太后によって招かれて秦に入り、それによって三貴の状態が始まったということのようです。


 ・功績をなしたから出世するのではなく、偉い人に気に入られることによって出世する。その意味では、ここで王は視野にすら入っていません。宣太后に気に入られれば出世できるのだから、その弟である羋戎を推薦することは当然なされるべき手であると言えます。また、こうして気に入られていなければ今度はいつ首を刈られることになるかもわかりません。そういう意味で、このゴマすり作戦は出世のチャンスを掴むということ、そして殺される可能性を減らす意味でも大きな意味があると言えます。
 とはいえ、秦の内部でこうやって王以外に三人も偉い人がいるとなる、そしてその人らに気に入られようとこういう工作が行われるということになると、これではいつ内部分裂するかわからない状態にあると言えます。その意味では、秦は強国となっていますが、その結果分裂を招いて四つくらいに国が分裂していたかもしれない可能性を考えると、この昭襄王の時代、特にその初期というのは極めて危ない時期だったということが考えられるでしょう。



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