新戦国策秦3-14、ある人が秦王に驕れる者は久しからずを説く話






 ということで前回は楚の秦担当相である屈蓋(くつがい)が秦に講和を言い出しますが、これは罠だと。これに乗ってくれれば魏は不信感を秦に抱くことになるし、そうなれば秦を孤立化させることができる。それを見破ったのが甘茂だったという話ですね。
 今回長いので番号を振りました。
 ①②③としましたが、結論の③から見た方がわかりやすいかもしれません。


 ①ある人が秦王に言った。
 「この臣は密かに、王が斉を軽んじ楚を侮って韓を卑しいものと見下しているのを見て困惑しております。
 この臣はこのように聞いております。
 『王者の兵とは勝っても驕ることがなく、覇主は窮しても怒ることがない』
 勝っても驕ることがない、だからこそよく世を服させることができるのです。窮しても怒ることがないために、隣国の情勢に従うことができるのです。
 今、王が魏と趙とを味方につけたことをもって広大になったとして、斉は味方でなくてもよいと軽んずるのは驕りであります。戦って宜陽の地を奪い、楚の外交を憂えたりしないのは怒っているのだといえます。驕ること、怒ることは覇主のすべきことではありません。ですがこの臣は密かに大王のためにこれをおもんぱかって取らないのであります。

 ②詩にあります。
 『最初がないものはいずれなくなり、よい終わりを迎えるものは少ない』と。それゆえ先王の重んじたところというのはただ最初と終わりとでした。何をもってこれがその通りだということが分かるのでしょうか。
 かつて、智伯(ちはく)は范氏・中行氏(はんし、ちゅうこうし)を損ないましたが、晋陽を囲むにあたってとうとう三家の笑いものとなりました(これは晋が韓・魏・趙に分裂するときの話。本来ならば智伯は最大勢力を持っていたが、韓と魏とが裏切ったために三方から攻められて滅んだことを言っている)

 また、呉王夫差(ふさ)は越を会稽に住まわせておりました。斉に艾陵(がいりょう)の地で勝ち、黄池の遇をなし(晋と対抗しと言いたい)、宋に無礼をするほどの大国となりましたが、最後には越王の勾践(こうせん)によって干隧(かんつい)の地で死ぬこととなりました。

 梁君(恐らく魏)は楚を討ち斉に勝ち、韓・趙の兵を思い通りにするほどでした。十二の諸侯を駆って孟津(もうしん、かつて殷の紂王が周の武王で破られた後に、諸侯が会盟した地)に朝貢したものでしたが、その後太子の申(しん)は死に、身は布冠(ふかん、自らの喪の用意をしてという意味)して秦に囚われたのであります。
 これら三者は功績がなかったのではありません、初めは良かったものの終わりが悪かった者たちであります。

 今、王は宜陽を破り三川を損なって(韓を大いに破ってということ)天下の士には敢えて言うこともさせず、天下の諸侯間での行き来すらとどめ、両周(東周・西周)の境界を動かして、諸侯は秦を狙ってくることがなく、黄棘(こうきょく)の地を奪って、これにより韓と楚の兵は進むこともできません。
 もしこの状況で王が良い終わりを迎えようと思えば、いにしえの三王も四とすることはできません(その三王も王の偉業には比肩し難いと言いたい)し、春秋の五覇も六とするには足りないでしょう(先と同じことを言いたい)。王がもしもよく終わりをなすことができずに憂いがあるのであれば、諸侯が王をかつての呉国や智伯のようにみなすことを恐れるものであります。


 ③詩には次のようにあります。
 『百里を行く者は九十を半ばとす』と。これはその終わりというのがいかに難しいかを説いたものであります。
 今、大王には驕りの色が見受けられます。この臣がこれをみますと、天下のことというのは世の君主の心次第でどうにでもなるものであります。
 楚が兵を受けるのでないとすれば、必ずや攻められるのは秦となるでしょう。何をもってそれがそうなることを知ることができるのでしょうか。秦が魏を助けて楚を防ぎ、楚では韓を助けて秦を防ぎます。四国の兵が敵対し合い、再度戦うことはなかなかできません。
 斉・宋は盟約の外であって、権をなすものです(どちらに味方するかで明暗が分かれるという意味)。
 それゆえこのように言えます。まず先に斉・宋を味方につけた方が討つ側となる。秦が先に得れば韓は自然と屈服することでしょう。韓が屈服することとなれば、楚は孤立化し、攻められる側となるでしょう。
 楚が先に得れば、魏はこれに屈服することとなるでしょう。魏が屈服すれば、秦の方が孤立化し攻められる側に回ることでしょう。この計に従って事を行うのであれば、秦楚両国は必ずや天下の笑いものとなることでしょう」



 ・これ王へのただの説教とか道徳みたいな話かと思いきや、最後のくだりで急に外交政策を説き始めました。散々秦すごい、秦王すごいと言っていたのでそれにとらわれていましたが、本当にすごいと言っているのは実は斉だったという。ところどころ訳すと逆に意味がわからなくなるところが多々あったので、苦戦しました。

 ①では「驕れる者は久しからず」ではないですが、そういう内容のことを言っています。内心の驕りが滅びに繋がる。そういう驕りの話をしています。
 ②では滅んだ実例を話しています。確かに歴史上滅んだ勢力というのは多い。まして大勢力でまさか滅ぶなど思いもよらないものが急に滅ぶという例が多々あるわけです。
 ③では秦は斉の行動いかんによっては滅びかねないということを言っています。まあ実際はこの後秦は快進撃を続けていき、中華統一まで繋がっていくことは確かですが、しかし恐らくは秦にも滅ぶ気運というのはあったのでしょう。韓や魏などを虐げている、圧倒的な国力であるというのは確かでしょうが、しかしその分韓や魏から強い恨みを受けていたという事情はあったわけですから。まして、韓や魏というのは、かつて智伯を裏切って滅ぼした「前科」があるわけです。それを思えば属国化して従わせるというのは、いかにも鼻高々という感じですが実際にはその危うさは累卵のごとしと言ったものがある、といえるのでしょう。



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