新戦国策2-6、張儀が魏に味方して土地を貰おうという話






 ということで前回は楚の景鯉(けいり)が秦王と周最(しゅうしゅ)によって助けられると。個人がこうして助けられるというのはレアだなという話でした。


 楚は魏を攻めた。
 張儀は秦王に言った。
 「魏に味方して魏を強くするに越したことはありません。秦が戦いに勝てば、魏は前のように指図を聞くことになるでしょうし、西河以西の土地を贈らざるを得なくなるでしょう。勝てなければ、魏は微力ですから西河以西の土地を守ることは出来ないでしょうから、王はこれを取るべきです」
 王は張儀の言葉を用いて、皮氏(ひし、地名。もともとは魏の土地であった)の兵を一万人と兵車百乗を贈って魏の犀首(さいしゅ、注によると魏の将軍)に送って与えた。魏は戦って楚の威王に勝ったが、魏の兵士は疲弊し、秦を脅威に思って、西河以西の土地を秦に割譲したのである。


 ・いろいろ固有名詞が出ていますが。
 まず犀首(さいしゅ)というのは注には魏の将軍とありますが、これは少し違和感があります。というのは秦にも「犀首」というのはあって、それは秦の官職名になります。具体的には公孫衍(こうそんえん)という人が務めていたので、犀首といえば公孫衍だし、公孫衍といえば犀首務めていた人かと。そういうのがありますから、全く一緒ではないかもしれませんが、ちょっと気になるところです。
 公孫衍
 これを見ていると可能性として考えられるのは、秦に仕えていた犀首が魏に行ったがそこでも同様に「犀首」として呼ばれたということはあり得るなと思います。蘇秦や張儀のように縦横家として活躍した人ですので、まして魏との関係があった人であれば、この人を指している可能性は大いにあり得るなと。なので、注にある「犀首が魏の将軍名」というのはおかしいのでないかと思います。そいて恐らくこの人は秦から魏に行ったとしても、それは寝返りではなく両国の親善のために行っているということはあり得そうです。寝返って行っているとなると、恵文王は激怒して国交断絶しそうですから(笑)

 次に西河ですね。
 地図を見ると黄河以西であり、渭水(いすい)あたりの土地しか魏は持っていないので、恐らくここらへんを指していると思われます。とはいえ、一応魏には「西河郡」というのもあったようなので、それを指している可能性もあるといえばありそうですが。

 楚の威王
 この次が懐王、その次が頃襄王となります。
 特に何かがあるわけではないですが、秦の恵文王とは時代的にはほぼ一致するかなと思います。


 ・起きている事態に対して秩序立てて理路整然と考え、そして対処する。
 意外と地味になかなかできることではないと思いますし、参考になるところです。この普通にできるべきところを普通にできていることが重要だと思います。




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