新戦国策1-23、溫(おん)の人が詩を引用して窮地を脱する話






 前回の話は、周の昭文君という人が宰相にした呂倉(りょそう)という人が不人気で、宰相から降ろそうかなと思いましたが、ある人の勧めで取りやめたという話でした。秦かが不人気というのはいいことなんだと。


 溫(おん、温の旧字体。西周の邑の一つ)の人が周に行った。周の方ではこの人を入れずに、聞いた。
 「他国からの客か」
 これに答えて言った。
 「主人である(つまり東周の人である、自国人である)」
 その住む土地の名を聞いたが、知らなかった。官吏はこのことによって男を捕らえた。

 周君は人をやってこの人に聞かせた。
 「そなたは周人でないのに、客人ではないと答えたのはなぜか」
 答えて言った。
 「私は若い頃から詩を暗唱しております。詩にはあります。
 『普天の下、王土に非ざるはなく、率土の濱、王臣に非ざるはなし』と。
 (要するに天下は周のものであり、全土は周のものであり、当然人も周以外の者はいないということ)

 周は天下の君でありますから、即ち私は天下の臣であります。これを称して客だと言いましょうか(反語、いや言いますまい)。それゆえ主人だと言ったのであります」
 これを聞いて周君は官吏に命じて、この者を出させたのである。


 ・途中で詩が出ていますが、注によると「小雅北山之篇」の詩であると。

 こちらに「小雅」の解説がありますが、実は詩はとんでもなく苦手で(笑)大学の頃講義に出てたことがありましたが、あまりのわけわからなさに頭痛がしてきたのを思い出しました(笑)そういうわけで割愛します(笑)


 ・人文系の学問は、例えば方言とかをまとめたりとかなんのためにするのかわからんって声が昔からありましたが。最近とある人が「人文系の学問というのは、支配や統治ということになるととてつもない効力を発揮する」と言っている人がいて、納得しました。例えばアメリカが日本を支配することを考えれば人文系ほど重要な分野はない。真っ先に利用することを考えるし、役に立つという意味ではこれほど役に立つ学問はないと。それを「役に立たない」という論調で潰しているのが今の日本ということですが。まああんまりそっちの方に関して書くのは、主題ではないので省きますが。
 要するに言いたいことは、詩も意外と役に立つんだねということです(笑)


 「天下の土地は周のものであり、天下の人は皆周の民である」といっている詩を引用したということですが、周からすればこれほどドストレートなお追従もないなと(笑)「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」という話だし、こう言われて嬉しくないということはないでしょう。そして解放されたと。詩もたまには役に立つなどころか、一命を救ってくれたわけですからとんでもなく役に立っているなという印象です。まあ間違いなく詩の王道的な使い道ではないでしょうが(笑)


 ・周には超小国という引け目があったというのも重要ですね。そこをうまく衝いていることが効果てきめんだったと言えるでしょう。しかしこの詩の暗唱といい(そもそも一民でしかないものが暗唱できるものかどうか)、周の内情をある程度把握しているなということといい、ただの一民がこんなことができるものだろうかと思わされます。まあもしもそうでないとすれば、そもそも官吏に止められた時にうまくすり抜けているでしょうから、考えすぎなのかもしれません。




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