新戦国策1-8、ある人が楚王に周を怒らない方がいいですよと勧める話





 ということで前回は史黶(しえん)が韓から土地をもらうことで急場をしのごうと献策すると。まあ苦肉の策だよねという話でした。



 楚が韓の雍氏(ようし)を攻めた。(秦は韓の味方をしたため)周は秦・韓に米を送った。楚王は周のことを怒り、周君はこれを悩みとした。
 ある人が周のために楚王に言った。
 「王の国の強さでもって周を叱ったならば、周はこれを恐れて糧食を送ったところの国へ(つまり秦と韓)向かうに違いありません。つまりこれは王の敵を強くする行いだと言えます。そのため、王は速やかに周を許し、恐れを解くのに越したことはないでしょう。周は前に罪を得ても後に許しを得れば、必ずや厚く王に仕えることでしょう」


 ・これなんですが、前段階の話がありますね。先日書いたヤツです。
 西周の方の話なんですが。
 2-5、蘇代が韓に行き周に城をあげさせることで楚の兵を引かせる話

 近いのもあって、東周も西周もですが韓の支配下のように扱われているのがわかります。まあ韓の方では、秦の属国と言っても間違いないような状態なわけですが。
 西周はこれによってなんとかなったどころか、都市も手に入れた上に楚は兵を引いたと。
 ですが今回はそうはいかなかったようです。楚は攻めるし、韓は防衛に回り、そうなると秦も韓側につき、周は食糧を徴発されると。いかにも地位の低い感じが濃厚です。争いに巻き込まれると、否応なく加担せざるを得ない。


 ・これっていうのは歴史上のその地点での価値を云々するのもいいんですが、それよりは一般的な処世術として捉えた方がいいんだろうなと思います。まあ他に特に思いつくこともありませんし(笑)

 敵の味方をしやがった、利敵行為をしやがったと怒る。相手にとってのプラスをした、あるいは自軍にとってのマイナスをしやがったと怒る。で、そうなると当然怒ることになるわけですが、しかし怒ることっていうほどプラスなことがあるものでしょうか。確かに怒るとスッキリしますし、怒られた方も否応なく話を聞くこととなります。でも本来ならば怒らなくとも話が通じる関係がより良いと言えます。だから怒るのはあくまで最終手段であって、そうやすやすとその伝家の宝刀は抜かない。怒らない。そういうことが重要ではないかと。とはいえそれは絶対に怒らないというものではないわけです。怒るべき時はしっかり怒ることも大切だと。そういうメリハリが必要なんじゃないかと思います。


 ・絶対に怒らないということはいいことかといえば昔はそう思ってましたが、今は怒るという事自体は必要だと思うようになりました。怒るという感情は不満や現状への改善ということを意味するものであり、全肯定や全否定を意味しないということです。怒りの感情がないということは、極論ですがどうなろうとどうでもいいし知ったこっちゃないと。最悪の状況に至ってもニコニコというのでは、あまりにも救いがなさすぎる。そういう方向性が指向されているということまで否定するなということです。まあ日本の教育がそういう怒りの芽を摘むということまで教育しているきらいはあるわけですが。


 だから怒りは持て。
 ただし怒るなと。
 怒りの感情は肯定しつつ、怒るという行動にするのはためらうべきだ。そういうことは言えるのではないでしょうか。







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