新戦国策2-15、ある人が周君のために魏王に兵を出せと迫る話






 さて、少し間が空きましたが。
 前回は楚が周を脅迫してきたので、蘇秦はその脅迫に乗ったように見せかけてうまくやり返すという話でした。


 秦が周君を呼び寄せた。周君は秦に行きたいとは思わなかった。
 ある人が周君のために魏王に言った。
 「秦が周君を呼び寄せるのは、これによって周の地から最寄りの南陽を攻めようと思ってのことでございます。王はどうして河南(かなん、洛陽のある地であり周の土地)に兵を出さないのですか。周君がこれを聞けば、魏が出兵してきたことを口実として周は辞して秦には行きますまい。周君が秦に入ることがなければ、秦は必ずや兵を出して南陽を攻めることができなくなりましょう」


 ・このある人というのは周・秦・魏の事情を把握した上でこうして言っていますが、これによって問題をできるだけ根本的に解決しようとしているというのが素晴らしいですね。まあ結局のところ秦は他の国に比べて圧倒的に強いので、根本的に、となると秦に比肩するだけの力を持とうということを意味しますので、そうなると根本的解決は難しいということになりますが。ただ、この方向性というのは確かに正しい。事態をできるだけ把握した上で的確な手を打っていくこと。深読みだと言っていいでしょう。
 まあ、その上で秦が本気で南陽を攻めようとおもっていたのかどうか、なんてことが合っていても間違っていても、それは誤差の範囲だと言えます。


 ・しかし同時に不思議なのは、こうして七国の強国がしのぎを削っている時代に、縦横家みたいな人が出て来たわけですし、そしてその人たちの読みは非常に正確だったし、力があったと言ってもいい。まさに弁舌の力だと言えます。蘇秦や張儀などを筆頭に、「鶏口となるも牛後となるなかれ」なんてことを言って巧みに事態を動かしていく。合従策だろうと連衡策だろうとそれは実に素晴らしいものだと思います。それなのに、なぜ例えば呉起(ごき)や商鞅(しょうおう)は理解されなかったのかということです。呉起を重用しなかった魏も楚も滅亡を迎えましたし、商鞅の策を取り入れた秦は中華統一を果たしましたが、それでも商鞅は処刑されているわけです。このことが意味するのは、力がある、理解しているということと、認識され理解されることとは決して一致するものではないということだと言えます。
 当時の人たちが一概に皆頭が悪かったというわけではなかった。それどころか、現代にも通用するほどの認識の深さがある。それなのに、なぜ呉起や商鞅が理解されなかったのかというのは実に興味深いところだと思います。三国志風に言えばこれが知力と政治力の違いかもしれませんけどね。


 このある人が事態を見通したのは、知力の功績だと言えるでしょう。しかしそれを魏王に告げて魏王を動かしたというのは、これは政治力によるものだと言えるかもしれません。蘇秦や張儀もそれは同様だったと言えます。事態を見通せた以上に、彼らは人に訴えかけて人を動かすことができた。ところが呉起や商鞅は確かに事態を見通せましたが、その改革に反対する人々によって自分が殺されかねない……そういう意味で人が動くということ、そこまでは予見できなかった。何がなかったかといえば、政治力がなかったのでしょう。少なくとも、その切れすぎる知力に見合うだけの政治力がなかった。
 そういうことというのはあるように思います。




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