「こころ」/夏目漱石についての読書感想文その10(Kの内にある反抗心についての描写)






 前回は国語的な読書と文学的な読書は違うという話を書きましたが。客観的ということを突き詰めていくとどこかで主観的なこととか個別具体的なこと、特殊な事というのを含めていくという方向性が必要になってくると思います。そもそも客観的なことということでさえ、その元は主観であるということです。主観的なものの集まりが客観を作る以上、「主観的だ」ということは客観を形作る石垣になりはするでしょうが、客観の敵であり真っ向から対立するものだということになると話がおかしくなります。主観的であること、特殊であること、個別具体であることをそう無闇やたらと否定しない、むしろ客観を形成する一つの要素という姿勢は必要でしょう。そもそも客観を言って主観が排除されるのであれば、文学というあまりに個別具体的なものというのは真っ先に排除されるべきものとなります。


 そういう意味での客観性の転換というべき現象っていうのは高校から大学あたりにかけて起こるのではないかと思います。国語のテストは客観的に見ることを重視している、だから生徒一人ひとりの「オレはこう思った」というようなものを一切受け入れるわけにはいかなかった。テストの答案に対してひとりひとりの持つ答えを「みんな違ってみんないい」なんてやってたらそもそもテストになりません。そういう意味での客観性の最重要視というのはあったでしょう。しかしそうして見ていく例えば「こころ」の話などは非常に個別的な話ですし、先生の主観にまみれたものとなります。扱うものは主観であるが、それを見る目は客観的でなくてはならない。主観的なものを客観的に見ていくというと聞こえはいいですが、一人一人の主観的なものは排除され、先生の、あるいは夏目漱石の主観は素晴らしいから受け入れる、というのではそもそも本末転倒だということはできるでしょうし、この問題を「夏目漱石はえらいからいいんだ」的な話ではなく誰にも分かるようにもっていくということは非常に難しいのではないかと思います。まるで高校生が不満垂れているような話ですが(笑)だから国語から文学へ、ということになるといかにできるだけ客観的でありつつ、主観的な「こう思う」ってのを言えるか、というのは重要になるのではないかなと。



 ・300ページの四十七の末には次のようにある。
 「最初はそうですかとただ一口云っただけだったそうです。然し奥さんが、『あなたも喜こんでください』と述べた時、彼ははじめて奥さんの顔を見て微笑を洩らしながら、『御目出とう御座います』と云ったまま席を立ったそうです。そうして茶の間の障子を開ける前に、また奥さんを振り返って、『結婚は何時ですか』と聞いたそうです。それから『何か御祝いを上げたいが、私は金がないから上げる事が出来ません』と云ったそうです。奥さんの前に坐っていた私は、その話を聞いて胸が塞るような苦しさを覚えました」」


 前々回書いたのはKが「金がないから御祝いあげられません」という建前で実はその流れに対してちょっと反抗したい気持ちがあるのではないかということでした。ここには世渡りも下手、人と話すのも下手で興味のないK、そしておそらく人に良く思われたいとかそういう見栄を張ることにも疎いようなKが初めて見栄を張った場面なのではないかと。「微笑を洩らす」とか『結婚は何時ですか』と言うということはいかにも空気を読んで奥さんとのこの場に合わせようとするKの心の動きを表しているようですし、「私には金がないから御祝いあげられません」ということは自分を卑下しつつも場に和やかな笑いをもたらそうとしている。果たしてそんな器用でひょうきんであり、ユーモアを交えて話し、空気をしっかり読んで行動を外さないような男がKだっただろうかと。恐らくはKというそれらに縁遠いはずの男がそれをできるということは、実際にはそんな余裕のある様子に比べ内心は真逆であり、真逆、つまりあまりにも余裕がないがために、かえって器用にこなせてしまったというようなものではないかと思います。なぜこの話を奥さんから聞いて先生は「胸が塞がった」かといえば、Kはそんなヤツではないというのを先生がよく知っていたからではないかと。とてつもなく苦しい、でも苦しいからかえって器用にこなせる場合というのがあるものですが、そういう場合心ここにあらずという場合というのはある。Kにとっての失恋の苦しみというのは、こういう形で表現されたのではないかと思います。上辺は見事に繕ってしまえる、でも内面はぼろぼろでスカスカのゾンビという感じが近いでしょうか。
 でもだからといって失恋したから自殺する、というわけではない。ここが錯覚を抱かせる点ではないかと思います。







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