「こころ」/夏目漱石についての読書感想文その3(理念理想か心神耗弱か)






 かつて神風特攻隊で特攻していった後に残された人たちの文章を読んだことがある。ふとその時の事を思い出した。その時はそうは思わなかったし、今となってはよくわかるのだが、その残された人たちの文章というのは非常に無個性的なものを感じさせたことをよく思い出せる。罪悪感というのはもっと個性的なもの、というより個々の内面の問題であるからもっと個性的で一人ひとり違っていてもよさそうなものだが、今思えば恐ろしいくらい誰のものも酷似していた。これというのは一つの現象を表しているのだと思う。我々の内面であり内心というのは思ったほど多様性に富んでいないし、あるいは多様性に富むことのできないほど罪悪感というのが十把一絡げでくくってしまえるものか。そういう我々の内心の事情の方を明らかにしてしまえるもの、それが罪悪感というものではないかと。
 そして「こころ」というのはその内心の事情を明らかに指摘しようとしている。このことは決して無縁なものではないし、たまたまではない。そのことが自分自身の経験に照らし合わせてもよくわかる。というのは、私自身長年強烈な罪悪感の虜になっていたからだ。ところがこの「こころ」にみられるような罪悪感の観念の様式みたいなものを示されて、そこにあった罪悪感のまるで判を押したように皆同じ形であるということ、ふとそれに思い当たってつい笑いたくなってしまったのだ。
 罪悪感というものが言うほど個性的なものではないということ、そしていかに無個性的なものであるかということ。なぜか非常に近い形を取って表れるということ。ここに一つのカギがあるのではないかと思う。


 ・ところで「文学とは何か」と考える。
 文学ってのは、本を手にして、その登場人物の心理に思いを巡らして……まあそれも正しいだろう。でもそれを言えば心理学的に文学というのは展開されて何ら違和感はないはずのものということになる。単なる心理描写があるだけ、そしてそれを読み解くだけが文学であるならば、心理学者が最もよく事態を明らかにできると。これはあながちそう間違ったものではないだろう。つまり、それを突き詰めていけばこういうことになる……例えば「こころ」の先生が自殺をした、あるいはKが自殺をした。そういうことは心神耗弱によるものであると結論付けることも十分可能であるだろうし、むしろ妥当だと言えるものだろう。三島由紀夫が割腹自殺をしたのだって似たような話になるだろうし、神風特攻隊が自殺的な特攻攻撃をして死んだ……そこに涙、涙の美を見出すよりは、彼らは極限状態まで追い詰められたことによる心神耗弱でそれができたのです、とこう言い切った方が余程「正確」だと。こういう話になる。しかしそれが明らかにおかしいというのは、多分解説いらないんじゃないかなと。
 ここからはこういう風に言及することが可能になるだろう……文学と心理とは異なるものだと。高邁な理想を掲げて死んでいった勇者を捕まえて、その理想とか理念を無視して「心神耗弱によるものだ」と結論付けるということがいかに危ういか。その意味で、文学と心理というのは非常に近しいものだし、当然のように文学といえば心理描写ということになるし、じゃあ心理が関わるから心理学者の分野だね、というような話になりそうなものだが、ところがそうではない。文学というのは文学として理解されなくてはならない。高邁な理想、高邁な精神というのはそれそのままに受容されなくてはならない。それをそうだと、そういうものだと受け入れるのは広い文学の範囲であるということができるだろう。
 そういう意味で、この罪悪感の系譜とでもいうべき流れ、これとその形式を文学的なものと位置づけ、把握していく必要性を感じる。どうもそういった方面における開拓や研究というのはかなり弱いように思われるのだ。そしてそうしたものがまとまった時に、「こころ」というのはもっと具体的で身近であり、立体的なものとして把握されていくのではないかと思える。そしていわれるほどお高くとまったような、特殊なものとしての「こころ」ではなくもっと近しいものとして親しまれるようになるのではないかと。この「こころ」というのが示しているのは恐らくそういう面なんだけど、それが流れとして一連のものとしてではなく、個々のものとして見られていく……つまり罪悪感は個々のものであるという錯覚があるということに、我々のある種の不幸があるように思える。こういう見方をしたがるというのは、文学だけでなくすべてのものに対して私自身が意味を見出したがるし、役に立たぬものは切り捨てられて然るべきというような思いがかなり強くあるからこそ思うのかもしれない。その意味で、これは文学そのものの作用とか働きという意味を持って見られるべきものだという前提が強い……そうした前提があろうとなかろうと、まあ文学は文学だし、むしろなくてもいいんじゃない? というのもわからなくはないのだが。











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