菜根譚136、加点主義と減点主義(諸葛亮と魏延)






 「人生は一分を減らすと、一分超越することができるといえるものである。
 交友を減らせばもめ事を免れることができ、言葉を減らせば災いも減る。
 考えを減らせば疲労も減り、聡明さが減れば煩わしい考えを減らすことができる。
 日々減らすことを考えずして増やすことを良しとする者は、水からの生をわざわざ束縛しているようなものである」


 ・減点主義と加点主義についての記述だといえます。
 これは最近私も考えていたことですが、「これどちらがいいか?」という感じで聞かれたりするようなものだと思いますが、実際には片方だけだとろくな結果にならないなと。減点主義だけだと飛躍できないので袋小路に陥って行き詰るし、加点主義だけだと足元がおぼつかなくなって結果的に飛躍していても足下から崩れ去る。
 なので必要に応じて臨機応変に使い分ける、あるいは両方の視点を持ってどちらをどのくらいでやるかという配分でやる。それがこの減点主義と加点主義だと思います。減点主義で細かいところまでミスを減らしつつコツコツと堅実にやるか、加点主義でガンガンといいとこ取りをしつつひたすらにいい結果を追い求めるか。この二つを器用に使い分けでき、ミスをなくしつつも、かついい結果を求めることができる人、つまりは兼ね合いがうまい人は強いなと思います。まあでも大半は失敗を恐れて堅実にコツコツいく……という体裁で最高の結果を諦める、もしくは
最高の結果を求めてひたすらに加点主義をやった挙句足下がおぼつかなくなってすべてを崩してしまう……まあ大体はこんな形になると思います。


 ・加点主義と減点主義といえば諸葛亮と魏延でしょう。
 軍議で魏延は主張します。
 長安を一気に急襲するべきだと。魏軍もまさか蜀が急襲してやってくるとは思うまいと考えたわけです。
 これは確かに天才的な手だといえる手でしたが、諸葛亮によって却下されます。
 いや、それはいかんと。
 仮にうまくいったとしても漢中と長安の間はあまりにも離れていすぎる。
 そうなるとせっかく取った長安を保持することが非常に難しい。それこそ取った長安を囲まれては蜀は手も足も出なくなる。
 それを思えば、迂遠に見えてもコツコツを領土を増やしていき、堅実な作戦でぐるっと回っていき長安を取るべきだといいます。


 諸葛亮が主導した軍議はこうして諸葛亮の意見で終わります。
 しかし諸葛亮のこのコツコツと敵の城を取る作戦には致命的な欠点があったといえます。それは時間がかかりすぎるということでした。事実、五丈原で諸葛亮は病死してしまいます。確かにコツコツとした手であっても、余りに時間がかかり過ぎるのではこれはどうなのだろうかと思わされます。
 一方、もしも実践されていれば、魏延の策はどうだったのだろうかというのはあります。もしかすれば諸葛亮の予想をはるかに上回る結果をのこすことができたかもしれません。しかし諸葛亮はそれを選ぶことはなく、実行されることはなかったわけですが。


 確かに魏延の策はあまりにも突拍子のないものだったかもしれません。
 しかし諸葛亮の策だってコツコツと進んでいけば……といったって、寿命はいずれ尽きてしまうものです。あまりにも急な作戦と、あまりにも迂遠な作戦とがある。じゃあこのどちらが正しかったろうか。より望ましいものだっただろうか。堅実ということもあまりにも度が過ぎると現実に合わなくなる。突拍子のないものであっても、行き詰った状況においては打開策になり得る。


 まあここは魏延の策を諸葛亮が取っていれば……というようなものではないわけですが。
 でもここに見られるような減点主義と加点主義とのせめぎ合いであり、それによってより良い結果を目指したいという方向性はムダにしてはならないように思います。





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