菜根譚133、天による罠(赤壁前と五丈原の戦いの比較)






 「分不相応の幸福、理由のない貰い物は、それが天による人を釣り上げるための餌でないとすれば、人の世の落とし穴でしかない。
 これを見極めることなくては、その術中に陥る結果を招くだろう」


 ・確かにたびたび出してますが、統計でみると宝くじが当たった人の9割方は身を滅ぼしています。巨額の金を手にしてタガが外れた結果、ブレーキなくお金を使い果たし、そして最終的には落ちぶれると。お金がなくなるというのであればまだいいですが、そんな生易しいところで留まるものではない。借金しても、いや、大丈夫だ、なにしろオレはかつて宝くじが当たったこともあるほど強運の持ち主なんだとやってしまう。人としてのブレーキが壊れてしまうわけです。こうなってしまうともうどうしようもない。このことをなるほど、「天が設けた落とし穴」と表現していますが。
 恐らく、「天」というものであり概念がそんなことをするという概念がかなり新しい者であることを感じさせます。日本でも「お天道様」とかいいますが、まさか天がそのような罠を仕掛けるというようなことは思いもしないのではないでしょうか。そうではなく、いや、あいつは罠を仕掛けてくるぞという概念を持っている。これが非常に真新しいと言えるのではないかと思います。古代中国でも「天」とくればいいことしかもたらさない。その天をここで疑うことができている。これがいかに真新しいか。


 ・赤壁前ですが、周瑜のところに蒋幹(しょうかん)という昔なじみの男がやってきます。これを曹操の仕掛けた罠だと見抜いた周瑜は一計を企てます。曹操軍の水軍都督をしている蔡瑁(さいぼう)が周瑜に降参したいと言っているという偽の書簡を置いておいて、それをわざと蒋幹に読ませると。そしてこれに驚いた蒋幹はこれの一部を取って曹操陣営に持って帰ります。
 これを見た曹操は激怒して蔡瑁を切ることになりますが。してやられたと思った曹操は、蔡瑁の親族である蔡中・蔡和(さいちゅう、さいか)を呼び出し、再度周瑜陣営に送ることを思いつきます。一族の蔡瑁が切られたので怒って出てきましたといえばすんなりと許されるだろうと読んだわけです。周瑜は曹操の思惑通り二人を受け入れます。しかし周瑜はこれも曹操の罠だなと読み、そのスパイを逆に利用して有利に立とうと思い立ちます。

 ・曹操軍をどのようにして火計で焼くかということに思い悩んでいた周瑜でしたが、そのことについて黄蓋と話していました。黄蓋が言うには、これはわしが偽って降伏するしかないと。一気に接近し、自分の船を焼き、その火で敵を焼く。ではいかにして接近するかを考えていたわけですが。
 ここで曹操軍から蔡中・蔡和が降伏してきます。ここで二人を逆利用しようと考えた周瑜でしたが。
 ある日周瑜と黄蓋が言い合いをし、周瑜が黄蓋を百叩きするという事態が起こります。これを見て、黄蓋が周瑜を恨みに思っているとみた蔡中・蔡和は黄蓋に曹操への降伏を促し、そして曹操へこういうことがあったと書簡を送ります。それを見た曹操は、自分のたくらみがうまくいっている、事態はいい方へと進んでいると思い込み、黄蓋の降伏をすんなりと信じてしまいます。
 これによって曹操軍が火計で焼かれるお膳立ては整ったといえます。


 ・しかし曹操も決して馬鹿ではないわけです。
 それがどうしてこの赤壁前は、まるで周瑜の思い通りに動いているかのように見えるのか。
 そしてなぜ周瑜はことごとく曹操の思いを読み取れているのか。周瑜の方は的確に読み取っていますが、曹操の方はまるで急にざるになったかのように思考がいい加減です。周瑜の手玉に取られているといっていい。


 この差を何がもたらしたかといえば、直接的であるか間接的であるかということが大きくかかわっているのではないかと思います。
 周瑜は呉の大都督としてすべてを自分が中心に立って切り盛りしているところがあります。蒋幹への対応から何から何まですべて自分でやるという意志がありました。まあ呉の存亡の危機ですから、緊張感をもってやっていたことの表れでしょう。全ての情報は周瑜に直接伝わっていきます。
 一方、曹操としては呉のような小国に負けるとは全く考えていなかった節があります。
 蔡中・蔡和というスパイに関しても自分の思惑がうまく進んでいるとは考えますが、まさか逆利用されているとは考えもしません。蒋幹だって一応送って偽の書簡を持って帰ってきて、その結果蔡瑁を切っているのも確かです。曹操にしては明らかに反応が鈍いといえる。何がこの差をもたらしているかといえば、曹操の方は情報が二次的なものになっている。つまり間接的にしか本当の情報に接していないということが大きかったのではないかと思います。


 直接的に接しているとそれそのものと接することになりますが、間接的に接するということになると、決してそれそのものとは接しないことを意味します。さらには曹操は失敗経験も豊富ですが、成功経験もまた豊富にあります。恐らく、間接的に接するようになったことで貴重な情報がさらに切り取られて自分にとって都合の良いようにしか見えないような状況に陥ったということが判断を間違えさせたのではないかと思います。つまりは一次情報と二次情報というようなことになるでしょう。自分で直接手に入れるような一次情報に常に接することのできた周瑜と、誰かが取ってきた二次情報に接する曹操とでは、その情報の意味が大きく異なることになる。


 上に立ちながらかつ一次情報を手に入れるということがいかに難しいか。赤壁の戦いの結果の差は、まさにこれに尽きるのではないかと思います。


 ・余談ですが、五丈原の戦い前の諸葛亮は小さいことからすべてを自分で切り盛りしていたことがわかっています。司馬懿は蜀からの使者に諸葛亮はどのように働いているかを尋ねますが、使者はそれを特に疑いもせず話してしまいます。それを聞いた司馬懿は諸葛亮の健康は著しく害されていることをその一事で読み解きます。
 先に挙げたのは、全てを自分で切り盛りしてきた周瑜と二次情報にしか接することができなかった曹操ということでしたが。それが赤壁の明暗を分けたと。
 ここで重要なのは、すべてを自分でやってきたがゆえに健康を害した諸葛亮と、細かい仕事は他人に任せる(魏のお国芸ですね)司馬懿との差ですね。この結果諸葛亮は五丈原で道半ばにして倒れますが、司馬懿はそれから先15年以上も生き続ける結果となります。


 赤壁という短期決戦では一次情報は重要でした。しかし諸葛亮と司馬懿、蜀と魏との戦いという長期戦においてはすべてを自分で切り盛りするということは大きくマイナスに響いたということ。これも重要ではないかと思います。







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