菜根譚131、ほどほどということ(孫策の早逝)






 「花は半開がよく、酒は微酔が良い。この中に趣きがあるのである。
 もしも花は全開がよく、酒は泥酔するまでとなれば、それは悪しき境地に至ることになる。
 満ち満ちた境地にいる者は、すべからくこの事に思いを馳せるべきである」


 ・前回の次は花が散って下が花びらで汚れることになります。こうなってはせっかくきれいな花びらも非常に汚く見えてしまうことになります。
 酒も泥酔するまで飲めば、失禁やあるいは吐くことになるかもしれませんし、次の日には二日酔いで苦しむことになるでしょう。それを思えば最高は最高ではないんだと。解説には「菜根譚に見えるほどほど思想」であり「5分が至上」とありますが、これは別に絶対に5分という意味ではなく7分くらいまではいいんじゃないかなと思います。ただ、それ以上やってしまえばなんだかちょっと汚らしい境地に至りそうだなと思いますが(笑)
 仕事とかも根性とか気合入れてやりすぎると疲労の蓄積具合とかストレスとかが半端なくなっていくのはこれと似ていますね。つまり仕事でもまあほどほどにしとこうという方向性はこれと相通じるものがあると言えるでしょう。あんまり本腰入れてやり過ぎるなと。仕事は短距離走ではなくマラソンなんだという意識が重要でしょう。


 ・孫堅の息子であり、孫権の兄である孫策(そんさく)は玉璽を袁術に渡して兵士を借り、その兵士で一気に勢力を広げて小覇王(覇王は項羽のことです)と呼ばれました。まだ20代でありながらまるであの項羽もかくやと思わせるかのように勢力を広げたわけですが。こんなことができた孫策には明らかに天賦の才とでもいうべきものがあったと思います。運もあったでしょう。ところが自分の身の安全を顧みることがほとんどなかったわけです。


 勢力を広げる過程でいろいろと買った恨みがあったわけですが、「あいつらはそう大したヤツらでもないから大丈夫だろう」と考えていたと。それに比べれば若くしてこんなに勢力を広げたオレの能力はどうだと。実際に劉繇(りゅうよう)との戦いでは太史慈と一騎打ちしたりして武芸にも秀でていたようです。ところが単騎になった時に三人組の刺客に襲われて重傷を負い、あっさりと死にます。享年は25~26歳くらいでしょうか。せめてあと10年、いや5年生きていればどうなったかはわかりません。
 まさにこの段そのものが孫策を語るためにあるかのようですが。早く咲き誇る者は早く散る。泥酔しきった者は汚らしくしてしまう。仕事だって一生懸命やり過ぎると反動が来ると。ではそのような反動は孫策にどのようにあったかと思えば、人を侮り、油断し高を括るという習慣となって表れたというように思います。







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