菜根譚129、毒を避けて毒に陥る(程昱の十面埋伏の計)






 「人生があまりにも暇であると雑念が生じてくるし、余りにも忙しいと真性を発揮できないものである。
 君子というのは心身ともに憂いを持たないべきであるが、風流の趣にふけらないことがないようにしなくてはならない」


 ・また難しいことを言ってますが(笑)、暇だと雑念が生じてくるし忙しいとそもそも本性が発揮できないと。そうなると「適度に」収まらないといけない。暇にならないよう、かといって忙しすぎないように収まらないといけないわけですが。この適度さ加減というのは大変難しいですね。個人的には、何事もつまみ食いして食わず嫌いはせずに道草食ってできる限り首を伸ばして野次馬根性を発揮する、くらいに考えてますが(笑)。


 まあこれは余談ですが食わず嫌い(というか何を食べるかという習慣)ってのは意外なほど人の行動や習慣、考え方にかなり影響を持っていると思います。例えばケーキの上にイチゴが乗っているとして、「イチゴは赤く毒々しい、白の上だとより毒々しく見える、これは少なからず毒がある可能性がある」として一切触れない上に一生関わらない、みたいにやっているとそれってどこか必ず行動にも影響が出てくるものだと思います。こうなるともう豚肉、魚、野菜、なんでも毒があるように見えてくる。こうなるともう何も食べられないと。でも何か食べないといけないからコンビニ弁当を食べるみたいなことってあるなと思います。よりによって避けに避けた末に、一番添加物がどうだ保存料が問題だと言われているものに手を出すと。そして「これがおいしいんだよ」みたいな。これだけだよ、という。あんまりいうとコンビニ弁当に怒られそうですが、「毒を避けて毒に陥る」みたいなことは意外と多々見受けられるように思います。
 ほかにも真にうまいものを求めて巡り巡った末にカップラーメンに落ち着くとか。ダメだよ、というその指標に照らし合わせると最もダメなものの典型でありドストレートであったはずのカップラーメンが一番おいしいことを「発見」し、もはやそれのみになってしまう。そういうことも多々あるように思います。人って言うのはそういう経路を辿りやすいように思います。じゃあお前はどうなんだと言われれば、まあとりあえずはなんでも(虫以外は(笑))好き嫌いなく食べるようにしてます。これを何というべきなんだろう。ルール先行主義、毒を避けて毒に陥る主義、あるいは頭でっかち。そういうところに落ち着きそうです。
 一応私は紅茶がダメですが、あれは本当に頭痛がしてくるので。


 ・「窮地を避けてさらなる窮地に陥る」というのは孫子の兵法にもみられるところです。
 敵を囲んだら必ず逃げ場を残せと。完全に囲んだら、もう逃げ場がないと思って敵が団結して向かってくる。「窮鼠猫を嚙む」ようなことになれば、意外なほど被害が出てしまうものです。なので、十分に囲めるような状態になれば一か所逃げ場を空けろと孫子は説きます。逃げ場をなくすと意外なほど人は強くなる。でも逃げ場所が一か所でもあると、まだ逃げられる場所があると思って人は急激に弱くなる。そこに殺到するという人の本性がある。
 これを利用したのが程昱(ていいく)の十面埋伏です。もともとは韓信がこれを使って項羽を打ち破ったものですが、袁紹との戦いの時に程昱はこれを曹操に進言します。官渡の戦いの後、倉亭の戦いで使われたものです。


 曹操自ら本陣で守りますが。圧倒的多勢の袁紹はこれを攻撃しますが、さすがに曹操の本陣ということもあり固く、まあ兵は多いし明日でも余裕でいけるだろうと高を括って引き上げようとします。
 ところがそこで左右の山から伏兵が出てきます。帰ろう、というより引き上げようというタイミングであり、さらには夜ということもありさらには逃げ道が開いている。こうして袁紹は左右から叩かれながらも引き上げますが、引き上げるとさらに新しい伏兵が出てきます。さらに引き上げるとまた新しい伏兵が。こうして袁紹軍は曹操軍に比べて圧倒的に兵士が多かったはずですが、終わってみるとほぼ壊滅していたということです。三国志演義だと30万の兵が1万になったということのようですから、いかにこの計略がすごかったかがわかります。そして人がいかに毒を避けてさらなる毒に陥るものであるかということも重要ですね。この意味での人の本質をよくとらえているのが兵法というものであることを考えずにはいられないように思います。









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