菜根譚124、想像(蘇秦と張儀)






 「試しに、産まれる前にどんな姿だったろうかと思い、死後にどのような姿をしているだろうかと思えば。すべての思いは色褪せ、さめざめとしたものを感じる。
 自分から見える世界の外へと飛び出し、その世界の先で遊ぶべきである」


 ・想像力の大切さを説いた節だということです。産まれる前、死後の世界を考えると全ては虚しい。その虚しさにまず思い至って、それから生きろと。欲望というものの虚しさを感じ取ってから生きろと言っています。とはいえ、まあ虚しいからちょっとでもおもしろいようにしようと思ってもいいと思いますし、色褪せた世界が唯一絶対の正解ということはちょっと安易というか、そういうものでもないとは思います。まあ仮に本当にそれが正解ではあっても別にそれを受け入れなくてはならないわけでもない。その虚しさに思い至るまで想像の世界で飛翔するってのはある意味正しいと思いますが。



 ・想像力を駆使して最大限遊びまわった人物というのは、蘇秦と張儀だろうなあと思います。
 蘇秦などは「鶏口となるも牛後となるなかれ」なんて有名な言葉を残してますが。
 これは「小さい集団のトップにはなっても、大きな集団の後にはなるな」という意味ではありますが。その蘇秦の本当の狙いは自分の考える組織作りであり、秦に対するに「合従策」でもって六国を連合しようとしたと。それには韓という秦の隣国であり、常々秦によって苦しめられてきた国をこの合従策側に引き入れたいという思いがあったわけです。ところが韓は常々いじめられてきた国ですから、表立って秦に逆らうのはイヤだと。そういう事情であり韓の思い……と自分の思惑の上に成り立ったのがこの言葉であるわけです。
 まあですから、この言葉を現代において聞けば「ふーん? まあそういうもんかなあ?」くらいではありますが、韓の当時の事情を思えば、蘇秦よくやったなと。よくもまあこんなことわざっぽいことを言って、反対派の韓をまんまと自分の思惑に引き入れたなという感じですね。とまあこうやって六国の宰相まで兼ねて、全てを自分の思惑通りに……とやってきたわけですが。


 史実は定かではありませんが(というより、つい最近の資料によって蘇秦と張儀とは全然違う時代の人だということがわかってきましたから明らかに違うでしょうが)、蘇秦は張儀によって送られた刺客によって刺されて死ぬこととなります。そして「私を殺した者には褒美を授けるといって刺客を呼び出してください」と言い残し、蘇秦は死にます。斉ではその通りにしてみたところ、刺客であると名乗る者が出てきたので斬罪に処したということです。
 まあ、これはあくまで史実よりも十八史略が正しければ、ということですが。実際には違うということが明らかになっているので、蘇秦と張儀の対立もこの話も後世の創作なのでしょう。


 ・張儀も人生を最大限謳歌した人間の一人だといえます。
 彼は楚で人違いから疑いをかけられ、辱められ叩き出されます。このことを恨みに思った張儀は秦に行き、最大限楚を苦しめてやろうと思います。
 そして彼の前に楚はほとんど滅亡寸前まで追い詰められ、楚の王は秦の人質になります。これによって張儀の気持ちは存分に晴らされたことでしょう。しかしそれにしてもこの張儀といい范雎(はんしょ)といい、他国に恨みをもった人間が秦にやってきて活躍する例が非常に多いなという印象です。当時の立身出世物語と秦の気風とがうまい具合にマッチしているなと。それがまた脚色も加わって非常におもしろい話に出来上がっているなと思います。


 しかし張儀のその後はパッとしません。秦の王が死に、新しい王とは仲が悪いため秦から追い出されます。そして魏というこれも張儀が騙した国ですが、この国以外に生きようがなくなります。口のうまい張儀ですからあっさりと仲には入るのですが、この秦によって自分が痛めつけた魏、という自分を恨む国にいて、つまりは針のむしろの上でその後死ぬまで暮らすことになります。
 それを思えば、まあ他の人間も似たり寄ったりだし場合によってはそれ以下ではあるでしょうが、蘇秦と張儀という二人がどこまで幸せであったかは疑問です。






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