菜根譚90、失脚(李厳の話)






 「士大夫(したいふ、官僚と地主、学問のできる要するに貴族階級)たるものは官位にある時は手紙のやり取りにも節度を持つべきである。人には自分を見難いように持っていき、それによって幸運を逃すことがないようにすることが必要である。
 郷里においては、偉そうに振舞ってはならない。人に見易く思われることで、人との旧交を温めやすくすることが必要である」


 ・人に見難くすると言うのは、今でも例えば責任の所在について非常にわかりにくくなっていることとよく似ていると思います。個人としての責任者というのもいる一方で、責任の所在というのが非常にわかりづらくなっているようでもある。トカゲの尻尾切りが行われるようでありながらも一体どこに責任の所在があるのかよくわからない時もある。まあ一人ずつ切っていっていては代わりがいなくなり組織が回らなくなるというのもあるのでしょう。それというのは恐らくそこら辺に配慮してある知恵のようなものなんだろうなと思います。幸運を逃す(倖端を杜す、こうたんをのがすというのが原文ですが)という表現はありますが、これは要するに失脚しないためのものであるのだろうなと。いろいろな配慮はあるにしても、失言とかで失脚する人は今でも多いわけですから。


 ・公的な地位においては見難く、私的な地位においては見やすくすることが大切ということですが、なかなかそれにぴったりくるような人物はいません。強いてあげるとすれば李厳(りげん)などは面白い例ではないかと思います。
 蜀将ですね。もともと劉表配下だったようですが、そこから益州へ行き、劉璋に仕えます。そこからさらに劉備が益州へやってくると劉備に仕えることになりますが、どこへいっても優秀という評判でした。
 ところが諸葛亮の北伐の最中に、長雨のために食料を送れないという事態が発生します。李厳は持ち前の要領の良さと才能を存分に発揮して、全ては諸葛亮の仕業だと様々な工作をします。諸葛亮にすんませんと手紙を送っている一方で、皇帝の劉禅に対し諸葛亮はどうも腹に一物あるらしいとか手紙を送ったりもしています。諸葛亮はありとあらゆる証拠を集めて李厳を論破し、李厳を平民に落とします。これが原因で諸葛亮は北伐を一時中断しています。それにしても、諸葛亮は法も大切といっては、人といえば馬謖を大将にしたりや李厳を補給にの長に任せたりとしていますが、まともに北伐をやる気あるのかと。どうも人選ミスでつまづいてやり直し、ということを延々と繰り返しているようにすら思われます。

 ・李厳は持ち前の才能を存分に発揮して責任を他人になすりつけようとしますが失敗します。諸葛亮も「まさか蘇秦・張儀のようなことが現代に起こるとは思わなかった」と驚いていたようです。口先一つで事態を自分のいいように運べると思った李厳の思惑、というよりイケるだろうと高をくくったこと、つまりイケると思ったこと、それに驚いたのでしょう。そのくらい自分の才能に自信があったと。才能があり優秀だと評されていた通りに、それなりの功績もあり、地位も高かったようですが、まさか最後の最後に平民として最期を迎えるとは思いもしなかったでしょう。


 これなどは明らかに李厳に非がある例ですが、その非を広げに広げて諸葛亮が悪かった、一番悪かったのは諸葛亮だとやって見事に失敗した例です。素直に非を認めて謝罪していればあるいはここまでのことにはならなかったのではないかと思えますが、実際のところはわかりません。
 とりあえずこういう李厳のような例もありますという話ですね。








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