菜根譚90、累卵(范雎の引退)






 「究極に達している人というのは、水が今まさに溢れようとしているがまだ溢れ出ていないようなものだ。ここに一滴の水も加えてはならないのである。
 危険な状態にある人というのは、木がまさに折れそうなところでまだ折れないでいるようなものだ。これをもう一押しするようなことはしてはならないのである」


 ・「最高」というものが累卵の危うさであるという表現が意外ですね。最高っていうことは言うほど最高ではない。そこから一歩踏み出せば転落の危機というのが常にある。なんとなく思い当たる節があります。幸せの絶頂というような言い方がありますが、幸せということも人にかかるストレスは意外と大きいらしいですね。究極の不幸の7割くらいのストレスがけっこう人にかかっていると。これがその転落の恐さとか、いずれは幸せも終わるんだよな、という不安からのものである可能性もあります。そういう人の賢さがいずれ転落する、それに備えてストレスを感じて用意させておくということも可能性としてはあります。人はその意味では賢すぎる生き物かもしれませんし、その幸せに後先考えず没頭できればもしかすれば最大限にその幸せを感じられるものかもしれません。


 ・范雎(はんしょ)という人物がいました。秦の昭襄王に仕え、秦の宰相になった人物です。もともとは魏の人でしたが、疑いをかけられ魏を憎むようになり、その復讐もかねて秦に入りました。
 この人はまず王の状況を正します。その頃の秦には王の恩人が多数おり、その恩人たちが皆幅を利かせていて王の実権はないに等しいものでした。これを全て王に統一させます。これによって秦王の領土は大きく拡大されました(という書き方も奇妙ですが、そのくらいこの臣下たちが好き勝手やって持っていた自領が多かった)。この成果が大きかったので、今度は昭襄王は范雎に頭が上がらなくなったほどでした。こうして范雎はそつなく宰相職を務め上げていきます。


 ・ところが范雎が推薦した二人が罪を犯します。秦には連座制があり、推薦された者が罪を犯した場合、推薦した者も罰せられなくてはなりませんでした。ところが王は范雎を罰することはありませんでした。そんなある日、忠告を受けます。范雎が今の地位にいられるというのは王が范雎に恩義があり、その寵愛を受けているからなのだと。もしもそれが薄れたらどうなるかを考えると、非常に危ういと言える。ならば今のうちに引退をした方がいいのではないかと。范雎はその通りだと思い、王に言って宰相を辞めることを告げ、引退します。


 最近では范雎が連座制で処刑されたという竹簡が出土したということもあったようですが、これで実際に処刑されたのかされなかったのかについては半々だと個人的には思います。法律は法律だからといって処刑される可能性は十分にありますし、かといって昭襄王が范雎をすんなりと処刑させるとも思えません。とりあえず竹簡だけ作って埋めさせて、范雎は助けた可能性は十分あると思います。まあ他にそんな例があればより確率は上がると思いますが。


 とにかく重要なのは、最高潮から一歩進めば転落の危機があるということですね。これを知って范雎はその知識を十分に生かすことができたわけです。転落の危機から自分の身を救うことができた。中国史ではそれができずにさらに上を求めて破滅した例が多くあったことを思えば
、これを最高潮だと割り切り、そこで引退することを選べるということがいかにすごいことか。これができた例は張良や范蠡(はんれい)など数えるほどしかありませんが、そのうちの一つの例が范雎であるということが重要なことではないかと思います。


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