信陵君は魏の人で、魏王がこの信陵君の兄にあたる人物なのでかなりの高位であり、いってみれば皇族くらいの立ち位置だと考えられます。趙が長平の戦いで負けた後に窮地だから援軍を送ってくれ、と魏が言われている時に信陵君にも手紙がきますが、これで魏軍は出ないが信陵君は行くということが可能になっているわけですから、それこそ魏とは違う独立軍の君主くらいの立ち位置で考えてもいいものだと考えられます。領地を与えられているがために「君」、つまりその領地の君主という意味もあると思いますが、それと独立軍としての裁量があるというのが「≒」でくっついているように思われますが、多分ここらへんについてはどこかで詳しくやっている人がいるような気がします。
後年、漢の高祖(こうそ、王朝を始めた者という意味)である劉邦は信陵君を尊敬しており墓に参ったとかその地の墓守を敢えて抜擢したとかいう話も残っていますが、この信陵君の立ち位置というのはかなり変わっているものだと考えられると思います。それこそ、孟嘗君が秦から鶏鳴狗盗で脱出するという話が現代での「ドラえもん」に当たり、まるでどこでもドアで脱出するよううな痛快な様子というのがあるわけですが、恐らく信陵君というのもこのドラえもん的な立ち位置に非常に近かったのではないかと考えられます。
・信陵君の兄である魏王は、趙からの救援要請に対して、いや秦と表立って戦っては今後魏も秦ににらまれることになるではないかと援軍に反対します。信陵君は、趙が滅んでしまえば次の標的は魏や韓になるでしょうと言いますが、王は聞く耳持ちません。
そして信陵君は自ら魏軍とは別に救援に向かうことを決めます。これというのは、趙の平原君が信陵君と親戚であり、先の手紙も平原君から直々に信陵君に送られてきているところが大きいといえます。そして魏の方針とは別に、信陵君の方針で援軍を送る流れとなります。この後紆余曲折があり、結局信陵君は10万の魏軍を連れて救援に向かうことになるのですが、それですら魏王の命令とは全く関係がありません。こうして秦と信陵君とは戦うことになりますが、秦の撃退に見事に成功するわけです。
恐らくはこの自由気ままに好き勝手に動きながらも、しかし信義に背くことなく、屈することなく強敵と戦うということが古くからの中国人好みな内容をストレートに衝いていると思われます。劉邦が好んだ、というのもこのことと無縁ではないように思いますし、劉邦が山賊とかを嫌っていないというのも恐らくは独立軍として好き勝手な裁量で動けるというのが言ってみれば信陵君「ごっこ」だったというところがあるのではないでしょうか。現代で言えば何が近いでしょうか。ドラゴンボールのベジータがけっこう敵なんですけど、ある時急に思いついたように悟空たちの味方をしてくれるのとかなり似ているのではないでしょうか。
まあ味方になったベジータは大体弱いんですけど(笑)
・秦には白起(はくき)という名将がいますが、この時の戦いは病気と称して断っているがために恐らく信陵君と表立って戦ったことはないと思われます。これについては戦国策40で扱ったことがあります。
この時の白起は趙の動きをよく把握しており、魏に援軍を求め、魏からも援軍が来ていることを把握していると。なので、わざわざ魏からきた強敵である信陵君と敢えて戦おうとしないんですけど、どこまで相手が信陵君だと把握しているかは不明ですが、しかしこういうときは大体勝てないということはよくわかっている。そして勝てるときは戦うが、勝てない時は戦わない。その機を読むのがうまいのが白起が名将だと言われる所以でしょう。信陵君を前にして、秦は負けを続けます。しかし白起は前線に立つことを拒み続け、自害を迫られることになります。信陵君がヤバイのか、信陵君が来るような事態になっていることがヤバいのか、そもそも趙がその信用や今までの恩義によるいわば最後の底力を発揮しているのがヤバいのか。定かではありませんが、白起はこういう時はそもそも戦わないのが吉であるとしています。恐らくこういう巧いキャラはあまり人気がないように思うのですがどうでしょうか。
・信陵君がはあまりにも個人として信望があり過ぎて、兄との仲は決していいものだとは言えなかったようです。秦による離間の計によってその亀裂は決定的なまでになりました。「信陵君が王になるということで祝いをもってきた」という使者が秦からやってきて、魏王は震え上がります。
そして信陵君を解任し、失意のうちに信陵君は酒におぼれて死に、信陵君がいなくなったことで魏の攻略はなったも同然となりました。信陵君がいた方がいいに決まっているとはいえ、いてもらっては困ると言うのも人情。そうして排除され、義理堅く、本来持てる力を発揮することもできず、力を発揮する機会も与えられず死んだ信陵君に対する古代の中国の人の思い入れというのは大変強いのではないかという気がしています。
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